ナイジェリア、エリトリアと中野智明さんとともに回っている。写真をさぼっているのだろう、と思われても仕方がない。
言い訳をすれば「アフリカの風に吹かれて」はこの両国から再開する予定だった。元々、一緒に行こうと約束していた。文章はともかく、まずいい写真からと思った。でも、日程が合わずに果たせず、ウガンダからの再開になった。
22日はようやくアスマラを出て、紅海に面した港町のマッサワに向かう。気持ちが重いのは、テレビの天気予報でその気温が43度と出ていたから。夏日のラゴスから上着のいるナイロビ、夏日のカイロ、上着がありがたいアスマラときて、今度は灼熱(しゃくねつ)の地だ。
距離にして100キロほどだが、2350メートルを垂直移動する。アスマラの郊外にさしかかると、さっそく植生に変化が。おびただしい量のサボテンが道路脇に現れる。食用らしい。
すぐに、半砂漠のような峡谷地形に変わる。急な斜面を段々畑のように山頂まで耕しているのは、ブルンジやウガンダと同じだが、風景は全く違う。緑が見えず、ただ土留めの石が積まれているだけのようだ。
遠景の山には、つながることのない緑が見える。点描画のようだが、何もかもに砂をまぶせたようなくたびれた色合いだ。
つづら折りの道を一つ折れるたび熱気がせり上がる。最初は窓を閉めていた。しばらくしてあけると心地よい風だった。1時間もしないうちにシャツが肌に張り付く。1時間半もすると開けている方が暑くなる。季節は春から真夏へと移った。
道に寄り添うように、鉄道が延々と続く。旧宗主国イタリアの手になる鉄道と道路、村の家々も、丁寧につくってある。大きさの違うれき質の石を平たく積み重ね、隙間のないようにしてある。れんがづくりの立派なアーチ橋が谷を渡る。道路にもきちょうめんな補強が施してある。
古色蒼然(こしょくそうぜん)といえば悪い意味に使うけれど、エリトリアの古色は、古い物を大事にていねいに使って渋みを加えた色に見える。
途中の町にはアカシアの木が木陰をつくり、ジャカランダの花が咲いていた。が、山を下りきるともう砂漠のようだ。葉のない低木が砂地にしがみつき、紫色にかすんでみえる。「紫だちたる雲の細くなたびきたる」というように。
2時間半ほど走って、目的地のマッサワに着いた。エリトリアにはアッサブという良港があるが、そこはエチオピアとの緊張関係の中で使いにくくなり、いまはマッサワが国を代表する港だ。もともとあった現地の名前をイタリア風に変えてこの名になった。
港には二つの島が並び、陸地との間を海に造った道がつないでいる。つながった出島のようだ。先の方の島にはトルコ、エジプト、イタリアの影響を受けた建物が混在して独特の風合いをかもしだしている。タンザニアの沖にあるザンジバルに少し似ている気がした。
散策したいのはやまやまだが、あまりに暑くて外には人がほとんどいない。日が傾きかけて風がさわやかさを取り戻すころに出直すことにした。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。