【動画】活気あるケレンの市 |
23日は長時間の移動になった。朝6時のひんやりとした空気の中、北西へ。
アスマラを出てどの方向へ行っても、しばらくするとくねくねした山道になる。東のマッサワに向かった時のように荒涼とした風景が広がる。
マッサワ港と首都を結ぶ幹線道路は、トラックやバスの数は少なかった。鉄道も洪水と石炭不足で運行していない。これでは首都に物資が入ってこない。
北へ向かう道路は、そのまま行けばスーダンに抜ける。月曜日だからか、こちらの方がずっと交通量はあり、アスマラ方向にトラックが、スーダンの方向にバスが走っていた。
エリトリアの道ばたの看板のほとんどが手描きだ。日本企業のものもある。キヤノン、コニカ、ヤマハ、トヨタ。色あせて文字の判読が難しくなっているものも少なくない。20年前、この国に明るい未来が期待されたころに立てられ、そのままになったのだろう。
戦車や装甲車の残骸があっちこっちにある。エチオピア軍の兵器で使えそうなものは持ち去られ、後は朽ちるにまかされた。
荒涼とした風景と書いたが、山と山の間には緑の谷が広がっていて、バオバブの木が茂る。木陰には養蜂の箱が見える。
1時間半ほど走ると、道の脇の家が円形のわらぶきになる。ほかの国に多い土壁ではなく、ここでも細かい石を積み上げてつくってある。このあたりに暮らすビレン族の家だという。
ケレンの町に着いた。きょう月曜日は、ここで市が開かれる。町なかを流れる川床に、市は立つ。この国に来て、いくつか川を見てきたが、水の流れる川をこれまで見ていない。雨が降って流れがある場合には、上流で川の流れを迂回(うかい)させるのだという。
市の入り口で、体の不自由な人たちが施しを受けている。すぐ脇に携帯電話やラジオの電気商品の露店が若者を引きつける。服やサンダルを売る店が続く。かたわらにはニンニク、ショウガ、粒マスタードなどが売られている。たくさん並ぶコーラのペットボトルに入っているのは、オリーブ油と整髪料だ。
わらのようなものがたくさんあった。乾燥させたヤシの葉だ。細くさいて、あざなって縄にし、ほうきをつくり、敷物、鍋敷き、コーヒー豆を載せて、うちわにもなるマットなどを編む。
その奥に、木を背負ったラクダが集められていた。木もラクダも売り物だ。ラクダ色から、茶の強い色、灰色、白といる。首や胴体に怪傑ゾロの「Z」のような印や二本線などの傷がついている。持ち主がわかるようにつけたものだけれど、見た目は考えていない。
「あの白いラクダがここでは一番高い。がたいがいいだろう。あれだと6万ナクファ(40万円)ほどだな」と男性が見立てる。正座をするように座っている。ラクダをひざまずかせる時、よく脚が折れないものだといつも思う。
札束を手に真剣な面持ちで男たちがやり合う。音楽が鳴り、若い女性がそぞろ歩く。「タファデル、タファデル」とおやじが呼ぶ。「いらっしゃい」という意味だ。
市が立つと、人は沸く。橋の上から眺めると、干上がった川床に、色鮮やかに、ゆったりと、人の流れができている。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。