間違いは、1964年の連合の作り方にあった。それがザンジバルの共通認識だと、島の出身でダルエスサラーム大で歴史学を教えた元教授のアブドゥル・シェリフさん(73)は言う。
半世紀、ザンジバルはずっと不平等に苦しみ続けてきた。特異な連合を支える今のタンザニア憲法は77年に制定された。その見直し作業が来年の決着を目指して進められている。シェリフさんは憲法改正委員会にも呼ばれてザンジバルの味わってきた苦しみについて説明してきた。
委員会が打ち出した「3政府」案では、ザンジバル政府が今まではなかったタンガニーカ政府、間に立つ連合政府とともに存在する。ザンジバルにとって、タンガニーカと同等の地位を得られることは一歩前進といえるものの、外交や防衛を担う連合政府が相変わらずタンガニーカ主導になることは避けられない。
強い影響力のあるザンジバルの市民統一戦線(CUF)は3政府案に反対している。もし憲法改正案が人々に受け入れられず白紙に戻れば、ひどい現状が続くことになる。現状のままに15年の大統領選を迎えれば、タンザニアが誇ってきた平和と安定が崩れて混乱が起きかねない。
シェリフさんはザンジバルの未来について、慎重ながら楽観していると話す。「完璧には解決できない問題というものはある。避けられない選択は受け入れるしかない」。今の改正案に近いところに着地点はあるとみている。
ただ、いびつな連合のもとでの苦しみが、ザンジバルの人々の結束を強めてきた面があるとシェリフさんは指摘する。その連合の問題が曲がりなりにも解決すれば、独立以前にあった民族間の緊張が再び噴出する可能性もある。さらに観光とペンバ島の香辛料クローブに頼る経済構造を変えていかなければ、明るい未来はなかなか見通せないとも話した。
ザンジバル島は過去、大陸に面した西側から発展してきた。この地に君臨したスルタンが築いた宮殿は、西側に偏っている。その宮殿をつなぐ道に日陰をつくるため、枝ぶりのいいマンゴーが奴隷たちによって植えられ、今も緑のトンネルをつくっている。
東側には美しいサンゴの海岸が広がる。そこには外国資本の大きなリゾートホテルや、小さなホテルが連なっている。この地にかけた日本人が経営するものもある。空よりも空色の海が目の前に広がる純白の砂浜に下り立つと、時よ止まれと思わずにいられない。
夜、ザンジバルの独特の音楽ターラブの演奏を聴く。ストーンタウンのホテルのバルコニーで、カルチャー・ミュージック・クラブの10人が演じた。07年には来日して公演した。100歳を超えるといわれた伝説の歌声、ビ・キドゥデさんは残念ながら今年、亡くなった。
アラブの弦楽器カヌンにバイオリン、ベース、アコーディオンが西洋の音を加える。トルコ行進曲を思い起こさせるアラブの音や、インド風の玄妙な調べを、寄せて返す波とも同調しながらアフリカのゆったりとしたリズムが支える。
そう、受け入れる、取り入れることをこの地の人たちは昔からしてきたのだと思う。三日月が淡い光をかざしている。

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。