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09月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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湖をめぐる争い 空き地の多い街に到着 @リロングウェ

写真:道路脇は焦げ、遠くは煙にかすんでいるように見えた拡大道路脇は焦げ、遠くは煙にかすんでいるように見えた

写真:首都の街角拡大首都の街角

写真:首都の街角拡大首都の街角

写真:首都の中心部拡大首都の中心部

 マラウイとザンビアは、タンザニアから一気に行こうと思ったけれど、どちらに行くにもナイロビ経由になることがわかって、いったんナイロビに戻った。改めてマラウイに向かう。

 マラウイは縦に長い国で、馬のたてがみのように東側にマラウイ湖がこれまた縦長に走っている。湖はアフリカで3番目の大きさ、2番目の深さで、長さが560キロ以上ある。

 タンザニア編でちらりと書いたが、マラウイとタンザニアは、マラウイ湖にある国境線をめぐって昔から争っている。マラウイは湖の西、タンザニアは北東に位置している。マラウイはタンザニアの岸が国境線だと主張し、タンザニアは湖の中央だとしている。

 湖には南東にモザンビークも接している。モザンビークとマラウイの国境は、モザンビークの岸の近くにある二つの島がマラウイに領有されているのを除き、湖の中央に引かれている。

 湖の呼び方についても争いがある。マラウイはマラウイ湖と主張し、モザンビークとタンザニアはニヤサ湖と呼んでいる。ニヤサは現地の言葉で水のたくさんある、湖のような場所を意味するという。

 この両国の国境線は、もともとタンザニア側を領有したドイツと、ニヤサランドと呼ばれたマラウイ側の英国が取り決めた。このときはタンザニアの岸が国境とされた。ただ、その後、タンザニアは英国の委任統治領となった。それに、植民地時代の取り決めがどこまで有効かという問題もある。

 国境をめぐる争いは時に浮上したが、いわば棚上げ状態にあった、ところが一昨年、マラウイが石油と天然ガスの探査を英国の会社に許可し、タンザニアがこれに強く抗議したことで再燃した。

 過激な政治家が実力行使を口にするなど一時は緊張した。さらにタンザニアが「ニヤサ湖」に観光船を就航させる計画を発表したため、マラウイが強く反発する事態も起きた。両国は南アフリカのムベキ前大統領らに調停を依頼しているが、まだ解決をみていない。解決しなければ国際司法裁判所の判断を仰ぐという話も浮上している。

 どこかで聞いたような対立ではある。そのこともあって、本当はタンザニアでこの湖まで行ってみたかった。果たせなかったので、マラウイで訪ねたい。

 ナイロビを離れて1時間半あまり、飛行機の窓からそのマラウイ湖が見えてきた。モザンビークの岸の近くにあるマラウイ領の島が見え、飛行機はリロングウェに向けて下降を始めた。

 空港から首都は30キロほどの道のり。以前は南部にある商都ブランタイヤの方が人口が多かったが、いまはリロングウェが多くなったといわれる。そのリロングウェは昔と変わらず、やたらと空き地の多い街という印象だった。

 南部アフリカで焼き畑や放火による森林消失が激しいと朝日新聞の紙面でつい先月、報告されていた。飛行機から方々で煙が上がっているのが見えた。道路脇も焦げた跡があちらこちらに見える。そのせいか、首都周辺の空は煙にかすんでいるようだった。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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