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09月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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「風をつかまえた少年」の故郷へ @マシタラ

写真:マーケットの日。衣服ばかりを売っていた拡大マーケットの日。衣服ばかりを売っていた

写真:こんな色合いの風景が続く拡大こんな色合いの風景が続く

写真:道中の町拡大道中の町

写真:こんな道を進む=いずれも江木慎吾撮影拡大こんな道を進む=いずれも江木慎吾撮影

 南部アフリカは干ばつにたびたび襲われる。2002年、2年続きの食糧危機に陥ったマラウイを取材で訪れた。世界食糧計画(WFP)の緊急食糧配給を受けにきた男性は、途中で飢えから野草を食べてひどい下痢になったと話した。当時のマラウイは重い対外債務に悩み、その返済のために緊急用の備蓄食糧を売り払ったところに干ばつが襲った。

 同じ国で同じころ、干ばつのため学びの道を閉ざされた一人の少年が、自分や家族の運命を自分の力で切りひらこうとしていることを知るよしもなかった。大げさに書いたが、ようは何も知らなかっただけだ。

 当時のこの少年、もうすぐ26歳になろうとしているウィリアム・カムクワンバさんのことは、自伝的な本『風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった』(文芸春秋)に詳しい。来日して、朝日新聞を含めた日本のメディアのインタビューに答えてもいるので、知っている人は少なくないだろう。

 自身のホームページなどによると、干ばつの影響で農家だった家にゆとりがなくなり、中学校に通えなくなった。それでも学ぶことをあきらめず、図書館から本を借りて読んだ。表紙に風力発電の絵のあった英語のエネルギーの本に感化され、自分で風車をつくって電気のない家に明かりをともそうと思い立った。

 車輪の回転を利用して自転車のライトをつけるのと同じ発想だった。廃材を集めて何やらつくる姿を周りは奇異の目で見つめた。自転車の車輪やチェーン、トラクターのファンなどを集め、ユーカリの木を組んで5メートルの風車をこしらえた。明かりがともり、携帯電話が充電できるようになった。さらに地下水をくみ上げる仕組みなどもつくった。

 この話は地元メディアから世界の研究者にまで伝わった。学業の道がひらけて高校に通うことができ、今はアメリカの大学で学ぶ身になった。

 こちらはコラムの名前に風を拝借している。ひとつ、カムクワンバさんが最初に風車を据えた場所にどんな風が吹いているのか、行ってみようと考えた。

 リロングウェからは北へ150キロほど離れている。いまは寒い乾期にあたり、標高1200メートル前後の丘陵地帯に、よく言えば時をへた油絵のような風合いの、悪くいえばくすんだ緑の景色が続く。

 マラウイではだれもが知っている立志伝かと思ったら、運転手はその村も、少年の名前も聞いたことがないという。10回ほど道を尋ね、途中から砂地の道を進んで3時間あまりでその村マシタラにたどり着いた。

 村おさがいたが、言葉が通じない。どうも、少し離れたところにカムクワンバさんの家はあるらしく、若い女性が案内してくれることになった。女性はカムクワンバさんの妹だという。

 このあたりでつくるタバコもメイズも収穫を終え、枯れ草ばかりが目立つ畑に乾いた風が吹いていた。つむじ風がほこりと枯れ葉を巻き上げ、子どもの声まで、どこからか運んできた。

江木慎吾

プロフィール江木 慎吾(えぎ・しんご)

61年生まれ。社会部をへて00年代、ナイロビ、ニューヨーク支局に勤務。バルカン半島、中東、アフリカ各地の紛争取材を経験しつつ、小心さは変わらない。動作が緩慢でのんきに見えるが、気は短い。趣味は散歩。しばしば二日酔い。だめトラファン。

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