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救出された2学生「仲間を必ず助けて」 NZ地震

2011年2月24日3時2分

写真拡大倒壊した建物から23日に救出された奥田建人さんの写真。朝日新聞記者がクライストチャーチ病院で撮影し、同日付夕刊などに掲載された

 【クライストチャーチ=五十嵐大介】ニュージーランド南部のクライストチャーチ付近で22日に起きた地震で、倒壊したキングスエデュケーションのあったビルから救出された富山外国語専門学校の2人の学生が23日午後、搬送先のクライストチャーチ病院で朝日新聞の取材に応じた。ビルの4階から床ごと落ちて閉じこめられた極限体験を生々しく語り、まだがれきの下にいる仲間を気遣った。

 奥田建人さん(19)=富山市=は、昼食をとっていたときに大きな揺れを感じた。いきなり、足元の床ごと、体が落ちていく。周りの学生も「痛い」などと言いながら、一緒に落下していった。気づいたら、周囲は暗闇だった。右足が動かない。何かに、挟まれていた。

 その時、同じ階にいた同級生の升谷文香さん(19)=同=は、いすに座っていた。小さな揺れの後にガンという大きな震動を感じた。座った格好で、床と一緒に落ちていったらしい。足が内股のまま、正座のような姿勢でがれきの下に閉じこめられた。

 最初は、パニック状態に陥った。「早く」「ヘルプ」「助けて」などの声が周りから聞こえ、2人も叫んだ。やがて、一緒に埋まった亀遊(きゆう)知子先生が「みんな落ち着いて」と声をかけた。

 暗闇の生徒と教員たちを余震が襲う。揺さぶられるたびに、升谷さんのいた空間はさらに狭まった。けむりやガスのにおいも漂ってきた。「火事かもと思って怖かった」と升谷さんは言う。奥田さんが「今やばい状況だから、余震が来たら間違いなく崩れる」と話すのが聞こえた。

 そんな中でも、携帯電話は通じた。奥田さんは足を挟まれたまま、兄に電話をし、自分たちが生きたまま閉じこめられていることを大使館に連絡してもらった。亀遊先生も、警察や日本の自分の家族に電話を入れた。

 「長期戦になるかもしれないから体力を残そう」。亀遊先生の声が聞こえてきた。「みんなで生きて帰ろう」との呼びかけが、始まった。

 升谷さんの近くでは、60代の女性ががれきに埋もれ、苦しそうな声をあげていた。不安な思いが高まる升谷さんの耳に、奥田さんの励ましの声が届いた。「オレも足の感覚がない。みんな同じだ」

 やがて、升谷さんに救助の手が届いた。だが、覆いかぶさったものに足が挟まり、なかなか抜けない。「切られるかも」と観念しかけたが、足は無事だった。足にねんざを負い、左腕に赤いあざが残った。

 奥田さんの目にも、光が見えた。救助が少しずつ進んでいることを知り、助かる、と思った。だが、右足がどうしても動かない。結局、切断せざるをえなかった。「覚悟はしていた。仕方がない」と奥田さんは語った。

 2人が最も気がかりなのは、一緒にがれきの下で閉じこめられた仲間たちだ。声を発しなかった人もいた。「私が暗闇で長時間、頑張ることができたのは、みんなと声をかけあったから。必ず助けてほしい」と升谷さんは言う。

 升谷さんが「ひょうきんもの」と評する奥田さんは、記者がカメラを構えると、笑顔で応じてくれた。だが、まだ助かっていない仲間がいることを聞き、暗い表情に。建物の崩壊現場の捜索を伝えるニュースが流れるテレビを、じっと眺めていた。

 同じ外国語専門学校に通う他国の男子学生が病室を訪れた。「君もキングスか」と問われると、奥田さんは「イエス」と返答し、悲痛な表情で抱き合った。「暗いなかで、つらかったけど頑張った。ほかのみんなもなんとか助かってほしい」

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