現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. ニュージーランド地震
  5. 記事

がれきの山、3階分の高さ 倒壊した語学学校ビル

2011年2月24日14時22分

 【クライストチャーチ=塚本和人、五十嵐大介】日本人学生らが被災したビルは、屋上から下の部分が押しつぶされ、無残な姿をさらしていた。観光名所のれんが造りの大聖堂も、まるで軍事攻撃を受けたかのように天井部分からざっくりと崩れ落ちている。大地震に見舞われたニュージーランド南部のクライストチャーチ中心部の被災地に24日午後(日本時間同日午前)入った。

 市中心部は、被災直後から関係者以外の立ち入りが厳しく禁じられているが、地元当局がこの日、報道陣を集め、中心部の最も倒壊の激しい現場を見て回ることができるように設定。各国からの100人を超えるメディア関係者が参加した。

 多くの日本人学生が閉じこめられたままとみられるカンタベリーテレビ(CTV)ビルの近くまで来た。20メートルぐらいまで近づくと、路上には制止線が張られ、「倒壊の恐れがある」として、それ以上の立ち入りは禁じられた。6階建てのビルが、幅2メートルほどの部分を細長く残したまま、屋上から下のほとんどすべて、ぐっしゃりと押しつぶされていた。

 大量のがれきが3階部分ぐらいの高さにまで積み上がり、大型クレーンやショベルカーが「巨大な山」を少しずつ掘り崩していく。周りはホコリで真っ白い煙に包まれていた。つぶれた屋上の上では、約30人の日本からの緊急援助隊員ががれきを除去するなどの活動を始めている様子が見えた。

 倒壊せずに残された部分の壁は黒く焼けこげたように変色しており、時折襲ってくる余震でがれきの山が崩壊する恐怖も感じた。報道陣を乗せたバスの運転手は「30年以上この街に暮らしているが、こんな光景を見ることになり、とても悲しい。今朝、一度来て、二度目となるが、テレビで見るのと実際に見た感じは全然違う」と話していた。

 また、多数が被災したとみられるパイン・ゴールド・コーポレーションビルは、5階建てほどの高さのビルの一部を残して大規模に崩壊しており、かろうじて残った部分も約30度の角度で傾いていた。2台の大型クレーン車ががれきを除去する作業を進めるとともに、10人以上の救助隊員が、崩れた天井部分を慎重にチェックしていた。

 近くの路上に救急車が停車し、救出された被災者を病院へ運ぶ準備をしているようだった。ちょうど、車で被災者の関係者とみられる女性らが訪れ、無言でビル近くに設置された仮設テントへと向かっていく姿もあった。

 地元紙の報道では同ビル内で1人の死亡が確認され、約30人が閉じ込められているという。現場にいた警察官は、がれきの中にまだ多数の人が取り残されているとみられるが、「これまでに一人も生存者の姿を見たことがない」と述べ、同ビルからも、多数の遺体が見つかっていることを明らかにした。

 一方、クリーム色の歴史のある重厚な建物や、近代的なホテルが並ぶ中心街には、救助隊員などの関係者を除けば、住民や観光客らの人の姿は見られない。近くの路上では軍の装甲車やパトカーが巡回し、クレーンなどの建設用重機ばかりが目立った。商店街の両側には、れんが造りの古い壁がすっかり落ちた建物や、屋根に商店の看板がつき刺さったままの乗用車もあった。商店の多くで大きなガラスが粉々に砕けて割れ、道ばたに散乱している。

 また、がれきの下で完全に押しつぶされた車体をクレーン車が持ち上げるなど、崩壊した建物などの撤去作業も一部で始まっていた。

 大聖堂はれんがの壁が崩れ落ち、天井部分にかつてあった大きな鐘も落下して壊れていた。周囲の路上には建物の残骸が山積みとなり、1台の乗用車ががれきの中に埋まっていた。ヘルメットをかぶった数人の消防隊員が、火のチェックに歩き回っていた。

 現場に立っていた警察官の一人は「私は、この近くの警察署で何年も働いている。町の中心的な存在だった大聖堂がつぶれてしまい、何とも言えない悲しい気持ちだ」と語った。

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介