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長崎市長、脱原発訴える 原爆の日・平和宣言

2011年8月9日11時18分

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写真拡大式典会場では、純心女子高の生徒たちが平和を祈って「千羽鶴」を合唱した=9日、午前11時48分、長崎市、森下東樹撮影

写真拡大66回目の原爆の日の式典を前に、雨の中、平和祈念像の前で東日本大震災の被災者に贈る「ひとつになって」を合唱する被爆者歌う会「ひまわり」=9日午前9時43分、長崎市、福岡亜純撮影

 長崎は9日、戦後66年の原爆の日を迎えた。長崎市松山町の平和公園で市主催の平和祈念式典があり、田上(たうえ)富久市長は「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」とする平和宣言を読み上げ、被爆地として脱原発へ踏み出す考えを表明した。

 原爆投下時刻の午前11時2分、黙祷(もくとう)が捧げられ、続いて田上市長が平和宣言を読み上げた。東京電力福島第一原発事故を受け、「『ノーモア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅(おび)えることになってしまったのか」「人間の制御力を過信していなかったか」と指摘。「長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換」が必要として、脱原発を目指す考えを示した。核兵器廃絶、北東アジアを非核兵器地帯とする構想の実現も訴えた。

 原発事故を受け、今年の平和宣言で「脱原発」を盛り込むかが最大の焦点だった。田上市長は、産業や市民生活への影響に対する議論がないとして「脱原発」に踏み込むことには慎重だったが、最終的には「原子力にかわる」という表現で脱原発を目指す宣言を読み上げた。宣言文を練り上げる学者や被爆者らの起草委員会での議論を経て、「二度とヒバクシャを生み出してはいけない」との市民の声に背中を押された。「原発ゼロへのプロセスは私もまだ分からない。でも、最終的にシンプルに、うそのない原点に立ち返ろうと思った」と田上市長。「ヒバクシャを絶対につくらない、その道の行き着く先は原発ゼロだ」と言う。

 式典には、原爆を投下した米国からズムワルト駐日臨時代理大使(首席公使)が政府代表として初めて出席。このほか、核兵器保有国の英、仏、ロシアを含め、過去最多の44の国や欧州連合の代表が出席した。東日本大震災で被災した福島県いわき市の中学生43人と福島市の瀬戸孝則市長も参列した。

 菅直人首相は「原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』を目指す」とあいさつした。

 式典には約6千人が出席した。この1年間に死亡が確認された3288人の名簿が奉安され、長崎原爆による死没者は累計で15万5546人になった。(江崎憲一)

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