|
日本のミサイル対処、残る課題2006年07月06日07時52分 テポドン2を含む今回の北朝鮮のミサイル発射は、98年のテポドン1の発射をきっかけに日米両政府がミサイル防衛(MD)システムの構築を進めてきたさなかに起きた。5月ごろには発射準備の動きを米国の偵察衛星がとらえ、警戒を強めていたこともあり、日本政府内には「迅速に対応できた」と評価する声がある。ただ、自治体や国民への情報伝達など課題が浮き彫りになったうえ、集団的自衛権の行使を禁じた憲法との整合性も議論は進んでいない。 ◇公表まで3時間弱 情報提供遅れ、自治体不満 5日午前3時半ごろ、北朝鮮南東部から1発目のミサイルが日本海に向けて発射。米軍経由で首相秘書官から小泉首相に情報が伝わったのは約20分後の同52分。ほぼ同時に関係各省の幹部に「緊急招集」をかける緊急警報が発令された。 午前4時には官邸対策室を立ち上げ、安倍官房長官や額賀防衛庁長官、麻生外相が相次ぎ官邸に入り、同5時からミサイルの種類や落下場所、北朝鮮の意図などについて分析会議を開いた。発射を公表したのは1発目の発射から2時間45分後の同6時15分、安倍官房長官の記者会見だった。 政府の対応について、柳沢協二官房副長官補は同日夜、「98年の(テポドン1発射の)時はマニュアルを持っていなかった。(今回は)基本的には必要な連絡体制はとれた」と語った。 98年当時は政府内で情報が錯綜(さくそう)。一度は「日本海」とした落下地点を修正し太平洋落下の事実が公表されたのは、発射から約11時間後だった。 その後、政府はMDシステムの導入を03年に決め、04年には武力攻撃事態に国民や自治体に警報を発令し、落下地点を予測して避難・誘導する仕組みを盛り込んだ国民保護法を成立させるなど環境整備を進めてきた。 だが、今回の発射では日本側に被害がないことなどを理由に、「武力攻撃事態にあたらず、同事態を前提とした国民保護法の情報伝達の仕組みは適用されなかった」(政府関係者)。 消防庁が内閣官房からの資料を「情報提供」の一環として都道府県にファクスしはじめたのは発射から約3時間後。ミサイル落下地点の延長線上にある北海道の高橋はるみ知事からは「国からの情報提供は遅い」との強い不満が示された。 海上保安庁から船舶に最初の航行警報が出たのも発射約5時間半後。国民や自治体への情報提供とともに、政府内の情報共有にも課題が残った。 ◇米軍情報リアルタイム 集団的自衛権、議論に火種 防衛庁は米軍の早期警戒衛星による発射情報をリアルタイムで入手し、日本海に展開させた海上自衛隊のイージス艦が米海軍のイージス艦と連携して弾道を捕捉した。 98年当時は三陸沖への落下が米側しか把握できず、防衛庁への正式通告が遅れた。その後、日米のMD協力は深まった。 米軍は、「ノドン」など射程1000キロ級のミサイルに対応するSM3(スタンダードミサイル3)搭載のイージス艦「シャイロー」を、8月に横須賀基地(神奈川)に配備する予定。地対空誘導弾PAC3(パトリオット3)も、年内に嘉手納基地(沖縄)に配備する方針だ。日本もPAC3を今年度末、SM3を来年度までに米国から導入することを決めている。 日米は、監視システムの配備も急ぐ。米軍は6月下旬、航空自衛隊車力分屯基地(青森)に配備した移動式早期警戒レーダー「Xバンドレーダー」の試験運用を前倒しで始めた。レーダーで探知した情報を日米で共有を進める。 ただ、仮に米国に向けて発射されたテポドン2を日本の情報によって米国が迎撃したり、その逆の場合が起きたりすれば、集団的自衛権の行使にあたるのではないか――MD導入を決める以前からあった議論は進まないまま、日米は今夏にもMDの情報共有協定を結ぶ予定だ。 防衛庁は「一般的な情報交換の一環で、結果として米軍の武力行使につながっても憲法上の問題は生じない」としているが、03年には当時の石破防衛庁長官が「ロジックの世界と現実の世界がある。理屈は正しいが本当に(見解通り)できるのか、自問自答している」と答弁するなど、なお議論の火種は残る。情報収集の「次のステップ」への道筋はまだ見えていないのが現状だ。 PR情報この記事の関連情報
|
|