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産科医不在から半年、産声・笑顔島に再び 島根・隠岐

2006年10月15日

 「島で産めて本当によかった」

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「こっち見て笑ったみたい」。島で生まれた長男に話しかける藤野みほかさん(左)ら家族=島根県隠岐の島町で

 島根県隠岐の島町の藤野みほかさん(31)は13日、隠岐病院を退院した。胸には3日に生まれたばかりの赤ちゃん。担当の船津雅幸医師(52)が顔をのぞき込んだ。

 4月、隠岐諸島で唯一、分娩(ぶんべん)ができる病院だった同病院から常勤の産科医がいなくなり、島での出産が不可能になった。県などでつくる隠岐広域連合は、県立中央病院からの医師派遣が11月になると発表。出産を控えた妊婦は次々に海を渡った。

 船津医師が静岡県から隠岐病院に着任したのは8月下旬。島の窮状を知り、「一日でも早く出産できる手助けがしたい」と名乗り出たが、すぐ再開とはいかなかった。1人体制は負担が大きいとして、複数の医師による分娩再開の方針が決まっていたからだ。ただ、妊婦に異常が起きた際に病院の支援が頼めないとして、分娩を休止していた町内の助産院は、船津医師の着任を受けて妊婦の受け入れを決めた。

 9月5日、産み月に入った藤野さんに病院側は二つの選択肢を示した。町内の助産院で産むか、本土に渡るか――。

 病院での出産にこだわっていた藤野さんは即答できなかった。隣で話を聞いていた夫の幹雄さん(29)は7月下旬、広域連合から紹介された松江市のマンションを下見していた。周りは住宅街でスーパーは遠かった。「妻を一人きりで行かせられない。島内で産ませたい」。船津医師も「私がバックアップします」と励ました。

 藤野さんは出産予定日の9月26日になっても陣痛がなく、10月1日に入院。船津医師が執刀し、帝王切開で3090グラムの男の子を産んだ。

 9月以降、助産院に通って無事に出産したのは、藤野さんを含め4人。県が派遣の前倒しを決めたため、16日には県立中央病院の医師も着任し、本格的に分娩が再開される。

 それでも、「お産ができない島」に戻ってしまう不安が完全に取り払われたわけではない。「自治体独自で医師を確保するには限界がある。離島や中山間地域にも医師が来るよう国は対策を取るべきだ」。松田和久・隠岐の島町長は強調する。

 「妊婦の笑顔を見て、島に来た決断は正しかったと思った」。こう話す船津医師の任期は今月いっぱい。静岡で開業予定の医院には、藤野さん夫婦からもらった赤ちゃんの写真と感謝のメッセージが入ったカードを飾る。

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