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消える産婦人科、増える「出産難民」

2006年05月05日

 地域のお産を支えてきた全国の「中核病院」で、産婦人科が次々に消えている。過酷な勤務などから医師のなり手が少ないためで、産みの場を失った女性の悲痛な声は高まるばかりだ。しわ寄せを受けた病院が多くの「出産難民」を抱え、さらに劣悪な労働環境に陥る悪循環にも歯止めがかからない。5日は「こどもの日」。少子化が進む中で、安心して子を産み育てる社会を取り戻すために今、何が必要なのか。

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安心して子どもを産める環境が求められている=広島市内の病院で

 中国山地の山あいに広がる広島県庄原市の主婦(35)は昨年7月、3人目の女の子を危うく車の中で出産しそうになった。大阪府の3分の2にあたる市域で唯一、出産を扱っていた庄原赤十字病院の産婦人科が3カ月前に休止となり、隣の三次市内にある病院に向かう途中だった。

 その日は午後9時ごろ破水。たまたま休みで家にいた夫が運転する車内で陣痛が激しくなり、同9時50分に病院に着いた時は痛みで歩けなかった。「生まれそうや」。夫が叫ぶと、看護師が飛び出してきた。分娩(ぶんべん)台に運び込まれ、5分ほどで出産した。

 妊娠がわかり、車で15分の庄原赤十字に健診に通っていたら、産婦人科医が定年退職でいなくなり、後任も来なかった。市外の実家で「里帰り出産」をしようかと悩んだが、小学2年生の長女を連れて行けない。夫が仕事に出かけている間、娘を家で1人にしておくのは不安だった。

 出産が冬で、雪が積もっていたら、と思うと怖くなる。「もう、あんな思いはしたくない。田舎がまた一つ、見捨てられた気持ちです」

   ■   ■

 三次市で産科医院を営む谷岡慶英さん(49)は、庄原から通う妊婦たちに自宅や車中で出産してしまった場合の対処法を教えている。「タオルで顔をふいて、『おぎゃあ』と泣けば大丈夫」。赤ん坊の体を冷やさないことも大切だが、万が一のこともある。「冬場の出産はやめとき、と冗談めかして言うけれど、半分は本気なんです」

 今年1月3日、北海道紋別市の紋別消防署員たちは、30代の妊婦を50キロ離れた病院に運ぶ救急車の中で、母体から赤ん坊を取り上げた。市内にある道立紋別病院は昨年8月、分娩を休止。署員はこの直前、隣町の病院へ搬送中に妊婦が出産した場合に備え、助産師から2日間の訓練を受けた。

 吉村貴公雄(きくお)署長(57)は「救急車は3台しかない。妊婦を遠方に運ぶと数時間、管内が手薄になる」とやきもきする。

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 悩みは地方にとどまらない。阪神間のベッドタウン化が進む兵庫県高砂市。今年9月に出産予定の主婦(24)は1日、自宅から徒歩5分の高砂市民病院から手紙を受け取った。「6月10日以降の分娩について停止せざるを得ない事態となりました」。院長と主治医の署名があった。

 高砂を含む東・北播磨地域では、公立病院の産婦人科や産科が次々に休止、廃止に追い込まれている。02年3月以降、社総合、小野市民、三木市民と続き、市立加西病院も今月末、分娩の取り扱いをやめる。

 主婦は翌日、車で15分ほど離れた加古川市民病院への紹介を希望した。同病院には出産場所をなくした妊婦や救急搬送が集中。05年度の分娩数は前年度比13%増の697件に達する。房正規・産婦人科部長は「3年前は予想もしなかった事態。地域の事情を考えれば受け入れざるを得ないが、限界は超えている」。

 同県西宮市の市立中央病院も3月いっぱいで分娩の取り扱いを休止した。昨春、大阪大から派遣された産婦人科医4人が退職。代わりに兵庫医大から医師3人が送られたが、1年たって全員引き揚げられた。

 昨年度手がけた350件のうち、60件は帝王切開など通常の出産ではなかった。藤田隆総務課長は「公立だからこそ、ハイリスクへの対応ができるのだが」と残念がる。

 ●臨床研修が医師引き揚げ招く

 厚生労働省の04年調査によると、全国の医療施設で働く産婦人科医、産科医は計1万1282人。全体の医師数が増えているにもかかわらず、この10年間で8.4%、1058人減った。

 問題に拍車をかけたのは、若手医師に幅広い能力を身につけさせることを目的に、04年度から始まった臨床研修必修化。2年間、大学の医局に研修医が入らず、人手不足に陥った医局側が各地の関連病院から次々と医師を引き揚げた結果、担い手が少ない産婦人科などで休止や廃止が相次ぐようになった。

 厚労省は昨年末、地域の中心的な病院に医師を集める「集約化」を検討するよう各都道府県に通知したが、医師が不在となる地元自治体の反発も出ている。

 ○安全優先なら集約必要

 日本産婦人科医会幹事長の宮崎亮一郎・順天堂大助教授の話 産婦人科は夜間の対応が多いうえ、急な出血などで突然、患者が危険な状態に陥ることも少なくない。少人数で診るのは肉体的にも精神的にもきつく燃え尽きてしまう。「出産は安全」という認識が広まっているため訴訟やトラブルに巻き込まれるケースも多い。この点も若い医師が産婦人科を敬遠する要因だ。

 国は産婦人科の「集約化」を打ち出しているが、多くの医師が交代で診療できるようになることで、過労の防止や医療の安全につながる。産婦人科のある病院が減れば、患者には不便になるが、安全性を優先するならば、産婦人科医が足りない現状では、妊婦や家族の方々に理解してもらわなければならない。

 抜本的な課題は今後、産婦人科を担う医師をどうやって増やすかだ。ただ、どの診療科に進むか、若い医師にも職業選択の自由があり、非常に解決が難しい。

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