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街の産院、先細り 孤独、背負うリスク

2006年05月21日

祖父母の代から地域のお産を担ってきた街中の診療所が姿を消しつつある。産婦人科の看板を掲げながら、分娩(ぶんべん)を扱わない医院も増えた。疲労度や訴訟を起こされる危険性が高いのは病院と同じ。医師の高齢化がそうした事情に追い打ちをかける。産科医療の先細り感がさらに強まっている。

図

開業医の年齢構成

 ○区内ただ1人

 近藤良介医師(53)は4年前の春、JR塚本駅に近い大阪市西淀川区で、産婦人科医院を開業した。大病院で腕を磨き、父親がかつて開業していた場所に医院を復活させた。西淀川区でお産を扱う開業医は1人だけ。近藤さん以降、市内で本格的に分娩を扱う開業医は現れていない。

 産科は、妊婦や家族を心から祝福できるやりがいのある仕事だと思っている。ただ、開業する際、父親に「無理はするな」と言われた。もし医療事故が起きれば、診療所はもたない。だから、分娩は月に15〜20件が限度。リスクが高いかどうかを早く見分け、より態勢が整った病院に移ってもらうこともある。

 それでも、妊婦の容体が急変し、病院に送る時間がない場合は、たった1人で緊急手術をする。それがやれなければ開業医はできない。代診の医師が来て休めるのは月に2日。外出できても電車で1駅の梅田までだ。

 国は、複数の医師を中核病院に集める「集約化」を進めようとしている。「1人でお産を扱う開業医をどう考えているのか」。いつまでできるのか、時折不安になる。

 ○6年で廃業500

 厚生労働省の調査では、02年時点で産婦人科、産科を掲げる診療所は4648軒。96年から約500軒減った。今でも全国の新生児の半分近くが診療所で生まれているが、産婦人科の開業医の51%が60歳以上。開業医全体より約10ポイント高い。

 大阪市保健所によると、市内に85ある産婦人科、産科の診療所のうち、分娩を扱うのは32カ所。大正区と浪速区にはお産ができる診療所がない。大正区の開業医(82)の場合、分娩はすでにやめていたが、体調を崩したため今年、廃業を決めた。「出産をめぐって因縁をつけられることもある。なり手はなかなかいないだろう」

 日本産婦人科医会が02年に調査したところ、開業医が分娩をやめる理由として最も多かったのが「精神的ゆとりを持ちたい」。以下、「スタッフ不足」「高齢」「採算が取れない」と続いた。

 ○少子で不採算

 奈良県五條市では、地域の中核病院が4月から分娩の扱いを休止し、お産ができる病院がなくなった。市内にはかつて、分娩を取り扱う診療所が7、8軒あったが、現在は1軒しかない。

 15年前に分娩をやめた足立登医師(76)は、それまで月約20人の赤ちゃんを取り上げていたが、出生数が減るなどして半減し、採算が合わなくなった。3年前に医院を継いだ長男は、産婦人科の医局に所属していたが、内科に看板を変えた。

 最後の1人となった後藤医院の後藤寛院長(61)は、父親と2代にわたって赤ん坊を取り上げてきた。車で1時間以上かかる山間部の妊婦の家まで何度も駆けつけた。だが、少子化などで経営は厳しく、最新の設備を整えたくても資金がない。

 この20年間、「地域に根ざした医療」を心がけてきた。それだけに、産科が減る現状には心を痛める。「医者と患者の信頼関係を保つ意味でも、地域に医師を残すべきだ」

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