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週3回昼、定刻出産 産科医1人、促進剤しか 徳島の病院

2006年06月11日

 決められた日の昼間、医師が通ってくる時間帯に合わせて、赤ちゃんを産まされる妊婦たちがいる。徳島県南部の牟岐(むぎ)町。地域に唯一、産科のある県立海部病院が、「陣痛促進剤」を使った誘発分娩(ぶんべん)を始めて1年がたつ。「安全な出産を確保するためのやむを得ない措置」。病院側はそう説明するが、住民の間には「人工的」なお産への戸惑いが広がる。深刻な医師不足が、自然な状態で我が子を産めない時代をつくろうとしている。

地図

県立海部病院

 

 「午後3時までに産んでね。頼むよ」

 水曜日の午前9時。海部病院の分娩室で、森一正医師(51)が妊婦に声をかけ、陣痛促進剤の点滴を始めた。たった一人の産科医。冗談めかした口調に真剣な願いがこもる。子どもを産んだ経験のある女性は、出産予定日より2週間早い妊娠38週で出産させる――。同病院がそんな「原則」を打ち出したのは昨年6月。小児科医の退職がきっかけだった。

 ●半数が誘発

 小児救急がある阿南市の病院までは1時間強。「新生児に何かあったら対応できない」。そこで、県立中央病院や徳島大の小児科医が非常勤で通ってくる火、水、金曜の午前11時から午後3時の間に産んでもらうことにした。昨年、同病院で出産した50人中、誘発分娩は約半数にのぼる。

 お産の経過が予測しづらい初産婦は自然に任せているが、小児科医が不在の時に生まれ、泣かない赤ん坊が3人いた。39週目に入ると陣痛が始まり、いつ生まれるかわからない。帝王切開は妊婦に負担がかかり、避けたい。「だから、促進剤しか選択の余地はない。薬の医学的適応ではなく、社会的適応なんです」

 誘発分娩にしてから同病院でのお産は半減。「自然に産みたい」と考えた妊婦は他県で里帰り出産したり、車で1、2時間かけて別の病院に通ったりしている。

 隣の海陽町で5月17日、地元の女性たちによるお産報告会があった。海部病院で2人目を産んだ女性は出産前、予定日が決まっている方が準備ができていいと思っていた。だが、陣痛は初産より強く、出産後、尾てい骨の痛みやだるさが続いた。「もう誘発は嫌です」

 会の呼びかけ人、中島育代さん(34)は昨年暮れ、3人目を産んだ。海部病院に行くと、「妊娠してますね」に続けて、「分娩は38週で」。どうしても自然に赤ちゃんを迎えたいと思い、自宅出産も考えたが、結局、阿南市の病院に転院。陣痛が始まった日は車で2時間かけて病院に着き、40分後に出産した。

 海部病院の医師不足を解消しようと、県は大学に派遣を依頼したり、ホームページで公募したりしているが補充のめどは立たない。担当者は「アクセスが悪い県南部に、複数の産科医や小児科医がいる拠点病院が必要だが……」と漏らす。

 ●「もう限界」

 徳島大は森医師を含め計77人を四国一円と和歌山、北海道に派遣し、へき地医療を支える。苛原稔教授(女性医学)は「小児科医が不在の病院はハイリスクの分娩が受けられず、産科も引き揚げの対象になる。医師が集まらない中、海部だけ救うことはできない」。

 森医師は5月26日、大学側に9月いっぱいで辞める意思を伝えた。徳島から単身赴任して10年。「今後については、何も考えられない。私にも生活があるし、もう限界。事故のリスクを覚悟で促進剤を使い続けるのも精神的にきつい」。後任はまだ決まっていない。

 ◇社会の要請で薬「悲しい」

 陣痛促進剤は、出産予定日を過ぎても生まれなかったり、弱い陣痛が続き、母子に負担がかかったりする場合に使われる。医師からは「危険な出産を減らせる有用な薬剤」と評価が高い。

 一方、スタッフが少ない夜間や休日の出産を避けるために使用される「計画分娩」(社会的適応)も一般化している。促進剤を使わない助産所に比べ、病院や診療所の出産は平日の午後に偏る傾向が見られる=グラフ。

 医師不足のために曜日や時刻を決めて薬を使うケースは、計画分娩の「究極の姿」といった指摘もある。北海道・利尻島の病院でも3年前まで、札幌市から産科医が来る日に合わせて促進剤を使ったお産が行われていた。

 促進剤は使い方を誤れば、子宮破裂など母子に危険を及ぼす恐れがある。「陣痛促進剤による被害を考える会」(愛媛県今治市)の出元明美代表は「医師不足という社会の要請で、薬を使って産まねばならない状況は女性にとって悲しすぎる。行政はこうした地域が広がらないようにする責任がある」と訴える。

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