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お産の場、どう確保 減る産科医「職場環境の改善」急務に

2006年06月20日

 お産を扱う医師と病院・診療所の減少が止まらない。過酷な勤務と訴訟の多さから敬遠され、医師不足が労働環境をさらに厳しくする悪循環が断ち切れないのだ。妊娠中に病院が閉鎖されるなど、産む場所を求めてさまよう「出産難民」も増え続けている。深刻度を深めるお産の場の危機。赤ちゃんが生まれる場をどう確保し、育てていけるのだろうか

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「集約化」後の新しい周産期医療体制

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戸田律子さん

 ◆施設の「集約化」推進へ

 お産ができる施設は全国に3063カ所、医師は7985人――日本産科婦人科学会が14日、初めてまとめた周産期医療の全国調査は、産科医が予想を超えて減っていることを明らかにした。常勤医師数は1施設あたり平均2.45人、医局員が多い大学病院を除くと1.74人と、2人を切る。

 筑波大学の吉川裕之教授(産婦人科)は「予想外に厳しい数字。今年2月、福島県で1人で産科を担っていた医師が業務上過失致死の疑いで逮捕された影響で、一人医長は激減するだろう。すっぱり産科をやめるか、複数の産科医を確保して続けるか、病院の対応が二極化している」とみる。

 今後10年間で、産科医の4分の1を占める60歳以上の多くが退職、30歳未満の6割を占める女性医師が結婚や出産に直面する。状況は厳しい。

 ●医師10人以上

 少ない医師数で産科医療をどう切り回していくか。吉川教授が委員を務める同学会の医療提供体制検討委員会は4月、中間報告をまとめ、安全性確保のために、分娩(ぶんべん)施設の「集約化」を提唱した。その新しい周産期医療体制の将来像=図=は、産科医療圏ごとに、産科医10人以上を集めた24時間救急対応の中核的病院を置き、地域病院や診療所と役割分担・連携する。急変時、30分以内に帝王切開が可能な体制が原則だ。

 厚生労働省も基本的には同じ考え方で、集約先の病院には「5人以上の産科医」としている。同省は都道府県に対し、今年度中に集約化計画をつくるよう求めている。14日改正されたばかりの医療法でも「地域の実情に応じた医療提供体制・連携体制」を定めるのは都道府県の責務とした。

 集約化は、産科医を現場につなぎとめる「職場環境の改善」面でも期待されている。1施設あたりの産科医数が増えれば、当直や待機日数が減るし、麻酔科などの支援体制も整い、訴訟リスクも減らせるからだ。

 ●自治体は困惑

 一方、集約対象となる病院からは産科がなくなる。地域住民にとっては、安全性をどう確保するか、不便をどう解決するか深刻な問題だ。厚労省医政局指導課は「知事や市長は、ある程度のがまんをしないと医療が成り立たなくなると、住民を説得してほしい」と期待する。

 だが、危機的な医師不足に悩む自治体は、とまどいを隠さない。1万5千平方キロの県内に、学会調査では分娩可能な病院が14しかない岩手。盛岡市など一部地域を除き、妊婦はすでに片道1時間以上の遠距離通院・分娩を強いられている。それでも1施設あたりの医師は1〜2人。同県医療国保課は「1施設5人以上の産科医を確保なんて、絶対に無理」と言い切る。厚労省は「東北ブロックで医師を融通し合っては」と提案するが、同県は「秋田にも青森にも医師はいないのに、どうやって融通し合うのか。集約化案は場当たり的。もっと抜本的に産科医を増やす対策に力を入れてほしい」と話す。

 ◆助産師との連携課題に

 産科医の不足は、解消されるとしても10年以上かかるとみられる。

 対応の手がかりになるのが、産科医不足に直面した海外の取り組みだ。松岡恵・東京医科歯科大学教授らの厚労省研究事業調査によると、母子保健指標の水準が高い英国、フィンランド、ニュージーランド、ドイツなどでは、正常産は助産師が、異常産は専門医が扱うという「すみわけ」をしている=表。異常があればすぐ専門医がいる病院へ搬送するシステムを作るなど安全を確保した上で、助産師教育に力を入れ、薬の処置や会陰切開ができるように権限を与え、産科医の負担を減らす工夫を続けている。

 ●「院内助産所」

 日本でも、病院、診療所、助産所の役割を抜本的に改革する動きとして、医師ではなく助産師が分娩を扱う「院内助産所」や、病院施設を診療所や助産所が活用する「オープンシステム」が注目されている。医師不足を補うだけでなく、妊婦にも安全性と利便性を両立させるものだ。

 神戸市の佐野病院は97年、産科とは別に「助産科」を立ち上げた。健診のための「助産師外来」と分娩のための「院内助産所」からなる。妊婦は妊娠24週までは医師の健診を受け、リスクが少ないと判断されれば、助産科を選べる。昨年の分娩件数490件のうち助産科が担当したのは127件。助産科のお産は、助産師4人が交代で立ち会い、和室で自由な姿勢で産むことができる。

 今春、助産科は3人増の7人になり、来年にも、正常産は原則として助産師が扱う体制が整う。同病院には、医師不足の自治体から視察が相次ぎ、公立でも宮城県の刈田総合病院が昨秋、同じシステムの院内助産所を開設した。

 オープンシステムも、浜松医大、東北大、岡山大、滋賀医大など大学病院を核に広がっている。民間では大阪市の大阪厚生年金病院が04年に始めた。近郊の25診療所と24助産所が登録している。かかりつけの診療所や助産所で健診を受けていた妊婦は、いざお産となった時に、その医師や助産師と一緒に同病院へ行き、陣痛室・分娩室を使うことができる。病院スタッフが控えているため、急変にも対応できる。同病院の昨年の分娩数480件のうち76件がこのシステムを使った。

 新しい取り組みが広がるかは、妊産婦と医師、助産師が信頼関係と協力体制をどう築くかにかかっている。愛育病院(東京)の中林正雄院長は「院内助産所やオープンシステムは、産科医になり手がない今の悪循環を断つ手段。ハイリスク分娩は複数の医師がいる病院で診た方が収益が上がり、ローリスクは高度医療の支援を担保しながら、開業医や助産師がみた方がメリットがあるというように経済的に誘導する仕組みを作ることが大切」と話している。

 ◇女性支援、トータルで 厚労省研究班・戸田律子さん

 どんなお産の場が必要か。厚労省研究班の一員で、海外のお産事情に詳しい戸田律子さん=写真=に聞いた。

     ◇

 日本の周産期医療システムの欠点は産科開業医と助産師がそれぞれ一国一城のあるじで、違うやり方を認めず、対立があること。80年代にお産のシステムを作り直した欧州諸国のように、日本も医師と助産師がワークシェアリングをする時期です。

 助産師が分娩(ぶんべん)を扱うと、低い周産期死亡率が維持できなくなるという医師も多いが、集約化が進み、病院が遠くなれば、道中での出産や、陣痛促進剤を使った誘発分娩や帝王切開が増える可能性があり、安全性もケアの質も下がる。助産師の技術向上と、医療施設間の円滑な連携を強化することが急務です。

 現在進められている病院の集約化は、妊産婦の意見が反映されていないのが気になる。多くの妊産婦は分娩の時「だけ」の医療より、その後の育児も見据え、女性の人生にトータルでかかわって助言してくれる仕組みを、生活の場の近くに求めているのです。

 ■海外お産事情

 ●国

(1)産婦人科医師数(人口10万人対)

(2)介助者別出生割合(医師:助産師)

(3)正常産の担い手

(4)分娩費用負担

(5)周産期死亡率(出生千対)

(6)備考

 ●米国

(1)12.6

(2)――

(3)主に医師

(4)保険適用

(5)7.1

(6)ハイリスクは周産期センターに集約。正常産はオープンシステムで、地域の医師や助産師が担当

 ●フィンランド

(1)10.1

(2)――

(3)主に助産師

(4)税金(無料)

(5)4.0

(6)助産師は開業権なし。病院勤務で正常産の主な担い手。病院出産が主流で集約化も進む

 ●日本

(1)8.3

(2)30:1

(3)主に医師

(4)自由診療

(5)3.6

(6)医師による分娩が主流

 ●ニュージーランド(NZ)

(1)4.3

(2)2:11

(3)主に助産師

(4)税金(無料)

(5)5.8

(6)妊婦が選んだ担当者(医師か助産師)が、健診から出産・産後まで付き添う「継続ケア」が特徴

 ●イギリス

(1)2.4

(2)1:2

(3)主に助産師

(4)税金(無料)

(5)8.2

(6)妊娠すると家庭医を受診。助産師を紹介してもらい、健診、出産、産後ケアを受ける

 <周産期死亡率は、05年度母子保健統計から。ほかは厚労省研究事業調査(松岡恵主任研究員)などをもとに作製したもので、数字は日本、米国が04年、フィンランドが03年、NZが02年、イギリスは医師数が04年、出生割合が02〜03年>

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