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忘れたい過去、忘れぬ教訓に 日航機墜落、遺品を展示

2008年8月12日5時6分

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写真折れ曲がった眼鏡

写真墜落した午後6時56分ごろを指したまま止まった遺品の時計

写真遺品の時計

写真折れ曲がったペン

写真折れ曲がった鍵=いずれも8日、東京都大田区の日本航空安全啓発センター、橋本弦撮影

 墜落時刻を示したままの腕時計、ひしゃげた眼鏡フレーム、折れ曲がったボールペン……。日本航空(JAL)は11日、羽田空港の近くの「安全啓発センター」に、85年のジャンボ機墜落事故で犠牲になった人たちの遺品17点を展示し、公開を始めた。事故から23年。「忘れず、教訓にして」という遺族の思いが、ようやくかなった。

 墜落現場から回収されたものの、持ち主がわからない遺品は約2700点。JALは当初、これらを焼却し、灰を慰霊施設に納めるつもりだった。遺族の反発で焼却は取りやめになったが、保存や展示を求める遺族の意向には応じてこなかった経緯がある。ある幹部は「『早く忘れたい』、という思いが働いた」と打ち明ける。

 JALは06年4月、事故原因とされる後部圧力隔壁を含む機体の残骸(ざんがい)、死亡した乗客が墜落前に書きつづった遺書などを展示し、社員の安全教育に役立てる安全啓発センターを開設。「忘れたい」から「忘れない」へと方針転換した。

 遺品の展示を巡っては今年5月、岸田清専務が遺族に、「過去の対応が不適切で、配慮が足りなかった」と文書で謝罪した。

 今回展示されたのは、腕時計5点、眼鏡フレーム3点、鍵3点、ボールペン2点、電卓1点、カメラのレンズ3点。JALが約2700点の中から「衝撃の大きさを物語るもの」を選んだ。残りについては写真をデータベース化して、同センターのパソコン画面で公開することなどを検討しているという。

 時計の中には、表面のガラスがほぼ無傷で残っているものもあるが、いずれも、墜落時刻の午後6時56分ごろを示して止まっている。眼鏡フレームは原形がわからないほどゆがみ、電卓は液晶が激しく壊れ、配線の一部がむき出しになっている。JAL安全推進本部の酒井忠雄副本部長は「知識としてではなく、心で安全の尊さを感じ取って欲しい」と話す。

 遺族でつくる8・12連絡会の美谷島邦子事務局長は「遺品を通じ、520人の方々が、その一瞬まで生きていたことを多くの人の胸に刻んで欲しい」と語った。

 13日まで遺族向けに展示され、18日からは一般市民にも公開される。(佐々木学)

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