地域は世界を学ぶ窓

岩本悠氏 2017/7/16

島根県海士町が力を注いだのが、統廃合寸前だった島の県立高校の存続だった。高校進学で若者が島を離れると、学費をまかなう親も一緒に家族ぐるみで島外へ移ってしまうケースが相次ぐ心配があった。

「高校生1人ではなく、家族が出て行く雪崩現象。何とか食い止めないと」。2006年、危機感を募らせた山内道雄町長が思いを託したのが、町に移住し「魅力化プロデューサー」となる岩本悠さんだった。

岩本さんらの取り組みは、意欲ある生徒を県外から受け入れる「島留学制度」や、公立塾の創設などにつながった。考える力を育てる教育や大学の進学実績などで注目され、一度は40人に半減した入学定員を再び80人に復活させた。

いま高校は、グローバルな視野を持ちながら、ローカルな地域の課題について考えられる「グローカル人材」の育成に取り組む。今後の教育や人材づくりが、町の持続可能性にどうつながるのか。SDGsの視点から、国谷裕子さんが聞いた。

海士町で教育を魅力化するために、「グローカル」な人材を育てることが大事だと思ったのはなぜですか?

「グローカル」について言えば、子どもたちは地域の課題や資源、魅力を再発見しながら、課題解決に取り組んできました。それは、「この地域のために子供たちが学ぶ」ということではない。地域での取り組みを通じて、どの社会に行っても通用する力を身につけることを目指しています。「地域は社会や世界を学んでいく舞台だ」という世界観で、自分で未来を切り開ける力を持った人を育てようとしてきました。

海士町と縁があって出会った時に、先進国と途上国という構造が、自分が生まれ育った東京と地方の関係と共通すると思いました。島には人口減少や少子高齢化などの問題がありますが、それはいずれ日本の未来にも起きる。「ここは社会の縮図だ」と感覚的に感じました。この課題と付き合い、持続可能な社会や地域をどう作れるか。そのことが今後の国や社会のあり方にもつながっていくという思いが、移住した動機の根底にあります。

町長は、「自分の夢は高校を卒業して出ていった子どもたちがいつか仕事を作りに帰ってきてくれること」と語りました。

「いつか帰って来いよ」というプレッシャーをかけたくないけれど、「帰ってくる」と言われるとうれしい。その葛藤は常に抱えていました。でも、帰ってこなくても、島とつながっていてもらいたい。世界中のどこかで活躍しながら、「ここで生まれた」「ここで育った」と誇りと感謝を持ち、恩返しをしてくれればと願います。(構成・丸山ひかり、撮影・金川雄策、井手さゆり)

国谷裕子くにやひろこ
1979年米ブラウン大卒。93年~2016年、NHK総合「クローズアップ現代」を担当し、98年に放送ウーマン賞、02年に菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞などを受賞。近著に「キャスターという仕事」(岩波新書)。
岩本悠氏Yu Iwamoto

1979年東京都生まれ。大学時代にアジア・アフリカなど20カ国を回り、出版した本の印税などでアフガニスタンに学校を建設した。2006年末に島根県海士町に移住。「魅力化プロデューサー」として県立隠岐島前高校の活性化に取り組んだ。15年から、県の教育魅力化特命官。著書に「流学日記」「未来を変えた島の学校」(山内町長らとの共著)など。