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10月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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Round 1 食物アレルギーの衝撃 庄司vs.論説委員

9月某日、東京・築地の朝日新聞の論説委員室を訪ね、
社説を議論する会議に乗り込んだものの、一言も質問できなかった庄司智春。

昼ご飯を食べ、気を取り直して、いよいよニュースの読み解きに挑戦する。
最初の指南役は、稲垣えみ子論説委員だ。
「新聞社の人には見えませんねえ」。
稲垣の髪形に目が釘付けになる庄司。
まさかのアフロヘア……。

「社説、読んでます? 私は、論説委員になるのが決まってから読み始めました」。
稲垣の半ば本気とも冗談とも受け取れる言葉で、我に返る。
ニュースと格闘する「道場」が始まった。

安全なはずの学校で

庄司が選んだテーマは「給食と食物アレルギー」だった。
昨年12月、東京の小学校で給食を食べた5年生の少女が死亡。
食物アレルギーが原因だった。
1児の父である庄司には、
安全なはずの学校で子どもが命を落としたというニュースは、衝撃的だった。
なのに、知ったのは、事故から約7カ月後。
それまでの経過をまとめた朝日新聞の社説でだった。

「深刻な事件なのに、広く知られていない。
同じことが起こる恐れがあるのでは」
「ぼくらの世代でも、アレルギーはあったんですか?」
庄司は、その社説を担当した稲垣に、次々と質問を繰り出した。

兄の死と重なる

庄司は、小学4年の夏休み、2歳上の兄を学校のプールでの事故で亡くしていた。
学校の対応次第で命を落とさずにすんだのでは、 という思いは、今も心に残っている。
そうした思いが、この事件と重なった。
稲垣は、そんな庄司に、丁寧に事件の背景を説明していった。

「食物アレルギーの子どもの数も、
原因食材の種類も増えて、複雑な対応が必要になり、 給食を作る調理師や栄養士と、教室で食べさせる教師との間に、 意識のギャップが広がっている。 少女は、そのギャップに落ち込んでしまったんだと思います」
庄司は、身を乗り出して聴いている。

それが本当の解決策?

話は、再発を防ぐための方法にも及んだ。
事故の後、各地の学校では、食物アレルギーの子のお代わり禁止、
トレーの色を変えるなどの対策が進む。
「それだけで本当の解決になりますかね」。
庄司が言った。

稲垣によれば、現場も悩んでいるのだという。
偏食による「食べられない」子も増え、残飯を減らすよう厳しく指導する先生もいる。
食べないことが、いじめの原因になりかねない、という状況なのだ。

稲垣は「少女の学校がある自治体では、アレルギーを隠すのではなく、
アレルギーとは何か、好き嫌いとの違いなどを
給食指導の中で全員に教えようとしています」と言う。
だが、食物アレルギーとは何かをきちんと説明するのは、意外と難しい。

稲垣:「アレルギーと好き嫌いは違う、ということは、はっきりさせないと」
庄司:「アンパンマンは食べれるけど、ばいきんまんは食べれない、ってことですか」
稲垣:「バイキンとは違いますけど……」
庄司自身、軽い豆乳アレルギーがあり、身をもって知ってはいるのだが、いい言葉がみつからない。
思わず、頭をかかえた。

「そのままでいいんだよ」

食物アレルギーを、周囲がきちんと理解することは大切なことだが、
スタートラインにすぎないのでは、と庄司は考えていた。
亡くなった少女は、親の愛情に支えられ、
「食物アレルギー」を正面から受け止める強さをもっていた、という記事があった。

「でも」と庄司は言った。
「彼女は自己注射薬を断った。
みんなと一緒でいたい、
とも思ってたからじゃないんですかね」

そんな複雑な思いを受け止めるためにも、
違いがあって当たり前だという
安心感や信頼感があって、
違いをからかいあって笑えるような
あったかいクラス作りが必要ではないか、
と庄司は言う。
「そうなれば、仲間たち全員で友達の命を救えるかもしれないし、他の子たちにとっても、プラスになる」
と、稲垣もうなずいた。

「お笑い芸人が一番笑ってもらえるのは、コンプレックスをさらけ出した時だったりする。
違いは、いつか個性やパワーに変わるんですよ。
『そのままでいいんだよ』
と少女に教えていたというお母さんの言葉、大事ですよね」
庄司のまとめで、1回目の「道場」は終わった。

女の子のご両親から

 「庄説」最初のシリーズ「Round1 食物アレルギーの衝撃」は、大きな反響を呼び、今なお読まれ続けています。

 庄司智春さんが、このテーマを選んだのは、2012年末、東京都調布市の小学校で起きた、給食による食物アレルギー死亡事故の記事がきっかけでした。

 学校での事故で兄を亡くした庄司さんは、この事故に、並々ならぬ熱心さで向き合い、思いのこもった「庄説」を書き上げました。

 この「庄説」を読んだ、たくさんの人たちの中に、その事故で亡くなった女の子のご両親がいました。

 「私たちの大事な娘のことを最初に採り上げていただき、感謝いたします」

 ある日、ご両親は、そんな書き出しの手紙を、庄司さん宛てにしたためました。

 その手紙には、クラスメートに囲まれ、元気いっぱい明るく生きた、元気な女の子の姿が綴られていました。必要以上にアレルギーやアトピーを気にすることなく生きられるような学校になってほしい、と庄司さんが願いを込めて「庄説」に綴った「夢」が、そこにありました。

 ご両親は、こう話してくれました。「娘は、年の離れた二人の姉、ご近所の方やお友達に愛されて、屈託なく明るく生きていました。笑顔しか思い出せないくらい、よく笑う娘で、アレルギーやアトピーのことも、冷静に受け止めていました。ですから私たちは、娘自身が、注射を打つことを拒んだわけではない、と思っています。先生が、食物アレルギーや、注射の意味を、きちんと理解していれば、防げたはずの事故でした」

 ご両親は、事故直後から、再発防止のために奔走しています。

 庄司さんは、その思いを正面から受け止め、二人宛ての手紙に、こう綴りました。「引き続き、僕なりに勉強し、皆様に伝えていけたらと、微力ながら思っています」

 庄司さんの手紙を読んだご両親からは、こんなメッセージが寄せられました。

 「娘は、庄司さんの大ファンでした。熱心に番組を見て、大笑いしていたのを思い出します。その庄司さんが、娘のことをとりあげて下さって、関心を持って下さる方が増えたことを、ありがたく思っています。できればこれからも、アレルギーに悩んだり困ったりしている全国の子どもたちを、心のどこかで忘れずにいただき、今後も見守り続けていただければうれしいです」。

論説委員の手ほどきで、気になるニュースについて考え抜いた庄司。
自ら感じたことを「社説」ならぬ「庄説」にまとめます。
配信は10月31日ごろの予定です。お楽しみに。

論説委員プロフィール稲垣 えみ子

1965年生まれ。大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て2013年春から論説委員。維新の会、原発などを担当。仕事の重圧に耐えるためヨガと瞑想が欠かせぬ日々。山登りと日本酒を好み、オフはトレードマークのアフロで大阪の酒場と六甲山を放浪。

  • (ニュースのおさらい)食物アレルギーって何?(2013/02/02)

    小学生の女の子が昨年12月、給食に入っていたチーズを食べた後に亡(な)くなりました。女の子は、乳製品(にゅうせいひん)を食べると皮膚(ひふ)がかゆくなったり呼吸(こきゅう)が苦しくなったりする「食物(しょくもつ)アレルギー」がありました。

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