メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

10月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

Round 8 裁判員に選ばれたら 「庄説」

論説委員との対談からしばらく経ったある日、庄司智春は東京地方裁判所にいた。
裁判員裁判を傍聴するためだ。
人生で初めて裁判所を訪れ、強盗事件の法廷にじっと聴き入った。
そこで見聞きし、感じたことを踏まえて、今回の庄説を書き上げた。

責任と覚悟、ひとごとでない

裁判員裁判が日本でスタートしてから5年がたった。
法律のプロである裁判官だけで決めてきた判決には、
「市民の感覚からずれている」という批判もあった。
20歳以上の市民に参加してもらい、わかりやすい裁判をしようということで始まった。

論説委員との対談で、驚いたのは、裁判員に出されたお弁当の話だった。
500円のものを自腹で買わなくてはならず、種類も一つしかない。
ニュースなどでは知らされない裁判員裁判の中身は、興味深かった。

対談後、裁判員裁判についてあまりに知らなくて恥ずかしかったし、
対談で話題になった裁判員経験者の本『裁判員のあたまの中』を読み、興味もわいた。

裁判員なんてひとごとと思っていたけど、実際は違う。
もし通知が来て、裁判員を受けると決めた時では準備が間に合わない。
裁判を傍聴したことがあるのと、ないのとでは、意識が違うのではないかと思い、
裁判員裁判を傍聴することにした。

初めての裁判所
初めて訪れた裁判所は、入り口に、金属探知機のゲートがあり、
そこを通ると、思ったより人がたくさんいた。
なかでも学生が多い。

帳簿が何冊か置いてあり、当日行われる裁判の予定が書いてある。
これをチェックして傍聴したい裁判を見つけ、指定された法廷に向かい、傍聴するという流れ。

僕は、強盗致傷事件を扱う裁判員裁判を傍聴することにした。
法廷は、思ったものと若干違った。
ドラマやニュースで見たことや、テレビで法廷のセットでコントをしたことがあるぐらいで、
実際に入ると、大きなモニターが両サイドに一つずつあった。
一番イメージと違ったのは、傍聴席から被告までの距離が近いことだ。
被告という存在を初めて生で見て、少し動揺した。

事件の現場は、東京都内の某牛丼店だった。
僕自身もよく利用するチェーンの名前が出てきたので、かなりのリアリティーを感じた。
ごく普通の日常で、こうした事件が起きていると思うとゾッとした。

深夜の牛丼店で…
事件を簡単に説明すると、被告は深夜に牛丼店に入店。
店内に客は被告だけ、従業員も1人という状況だった。
お金に困っていた被告は最初は無銭飲食が目的だったが、
店内の状況を見て、考えを変えた。

厨房(ちゅうぼう)で作業をしている店員のもとへ行き、
ボールペンのペン先で脅かしながら、店のお金を要求した。
ところが店員が抵抗。
厨房で取っ組み合いになり、途中、調理台にあったハサミで脅し、
持っていた清涼飲料の瓶で店員の頭を殴った。
店員は流血したものの、なんとか押さえ込み、110番通報した。

無銭飲食しようと店に入るのも驚きだが、
強盗をするのに凶器がボールペンだったことにもっと驚いた。
よっぽど切羽詰まっていたのか、計画性がまったく感じられない。

しかし被害者からすれば、突然、客が厨房に入って来て、
たとえボールペンでも先のとがったモノを、自分に向け、
お金を要求したのだから、相当に恐ろしいだろう。

被告は店に入った時点では、強盗は考えていなかったと話していた。
自分の置かれた状況と店内の状況で、つい出来心で突発的に行動してしまい、
どんどん悪いほうに転がり落ちていったのだろう。

生々しさ、目の当たりに
これまでは正直、罪を犯した人間が100%悪いと思っていた。
しかし、実際に裁判を傍聴すると、被害者の気持ちを理解しつつも、
被告の家庭環境や、現在の人間関係が見えた。

裁判自体は、本当にわかりやすかった。
逆に言えば、生々しく、恐怖感があった。
ボールペンや割れた瓶など、凶器は実物が出てきた。
けがをした被害者の写真は、白黒に加工はされていたけど、モニターに映し出された。
血がついた顔は、目を背けてしまうぐらい悲惨だった。

店内の防犯カメラで撮られていた映像も流れた。
人は映っていなかったが、怒鳴り声や取っ組み合いになっている音声に、胸が苦しくなった。

こうした写真や映像などの証拠を、裁判員に披露することは、賛否両論あるという。
被害者側からすれば、加工せずに見てもらって、
正しく判断をしてもらいたいという考えは理解できる。
一方で、気分が悪くなり、精神的にダメージを受けた裁判員もいるようだ。
実際に見聞きして、両方とも納得した。

法廷でこうした証拠を見て、冷静でいられる裁判員のほうが少ない気がする。
ましてや殺人事件の裁判にもなると、もっと過激な証拠や写真が出てくるに違いない。
カウンセリングなど手厚いケアが必要だろう。

質問する裁判員
そのほか、休憩が多いのが印象的だった。
始まったらノンストップでいくと思っていたので、一段落すると、休憩をとっていたことに驚いた。
裁判員への配慮もあるんだと感じた。
一つ一つ整理して、話し合いながら進行しているのが伝わった。

裁判官3人の両サイドに左右3人ずつ、計6人の裁判員が座っていた。
男性3人、女性3人、ごく普通の一般人という感じだった。

被害者への質問では、手を挙げて、積極的に質問する裁判員がいて、感心した。
傍聴席で裁判を見るのと、裁判員に選ばれて、一段高い裁判員席に座るのとでは、全然違う。
自分が裁判員に選ばれたら、自分の意見を、きちんと言えるのか不安になった。

被告の人生にも、被害者の人生にも、影響を及ぼす。
そう思うと、しっかりと判断しなければならない。
その責任感は半端ないと思った。

守秘義務ゆるめては
裁判を傍聴して、正直、明日は我が身だと思った。
もしかしたら被害者として、法廷に立っているかもしれないし、
もしかしたら被告として、法廷に立っているかもしれない。

今回の裁判を傍聴して痛感した。
生きていたら、何が起きるかわからない。
全てを環境のせいにはしたくないが、被告の育った環境や、現在の周りの環境で、
思いもよらない犯罪につながってしまうこともあるのかなと思った。

一方で、何の落ち度も、関わりもなく、被害者になってしまう人もいる。
裁判員は、被告と被害者、両者の人生を背負うことになる。
どんな判決を下したとしても、裁判員は、これからの人生で、
その決断を背負いながら、生きていかなければならない。

裁判員には責任感と覚悟が必要となる。
それを市民ひとりひとりが自覚するために、守秘義務を少しゆるめてはどうだろう。
評議の大まかな流れや判決に対する意見を話すことは、裁判員法で禁じられている。
経験を話題にすることさえ、ためらわせているという。

裁判員の経験をもっと伝えることは、
社会全体で裁判員制度の意識を高め、理解を深めると思う。
裁判員にとっても、経験を自ら語ることにより、重荷を軽くし、心のケアにつながる気がする。
お昼に出てくる弁当も、きっと良くなる。

論説委員から

  •  庄司さんが見た裁判員裁判に引き込まれました。
     裁判員裁判は殺人などの重大事件が対象というけれど、今回のように無銭飲食から始まった行動が「強盗致傷」というものものしい罪に問われ、裁判員の前に投げ出されることもある。
     そんなつもりじゃなかったのになぜか悪い方向へと行ってしまうこと、ありますよね。
     とはいえ、犯した罪に見合った罰を受けさせることは社会のルール。裁判員は被告と被害者の人生のいずれも背負う、という庄司さんの言葉はその通りで、重いものだと思います。
     ただし、裁判官は法律のプロではあるが、証拠をみて有罪か無罪か、どのくらい責任が重いかを判断することにおいて、ふつうの市民が劣ることは何もない。
     むしろ、検察官が堂々と主張することを「本当にそうかな」と疑うことができる、とらわれない心が裁判員の強みではないか。
     裁判員制度開始から5年たちましたが、改善すべき点は少なくない。とくに私が気になるのは、刑罰というものへの関心が広がりにくいことです。
     刑務所ではどんな生活が待っているか、作業はどういうものか。政府の説明が十分でないまま、裁判員として刑の長さを考えるのはとても難しい。まして死刑については、ほとんど情報が閉ざされています。
     次は一緒に刑務所を見学して議論をたたかわせる。そんなことができるといいのですが。

論説委員プロフィール井田香奈子

初任地の札幌で北海道南西沖地震、ホスピスの長期取材を経験し、いかに生き、死ぬかを考えさせられたことが記者としての土台になっている。2001年から司法制度改革を担当し、戦前の陪審制以来の市民の裁判参加が実現したことには格別の思い。08ー11年、ベルギー・ブリュッセルに勤務し、EUやNATOなどの国際舞台のかけひきを目の当たりにした。司法も国際政治もそうだが、お固くみえるルールを私たちの幸せのためにどう生かしていくか、をきちんと伝えられたらと思う。気分転換は各国料理を作って旅行した気分になること、野山に分け入ること。

もっと「裁判員制度」を読む

  • きょうも傍聴席にいます。(2014/05/22)

     事件は世相を映し出します。傍聴席から、朝日新聞記者が「現代(いま)」を見つめるシリーズです。

!

スクラップブックの保存可能件数が5,000件に

!

紙面イメージの「地域面」がさらに充実したものになりました

注目コンテンツ