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ソーシャルメディアウイーク東京2013
講演ダイジェスト

 朝日新聞社は、世界10都市で開催される「ソーシャルメディアウイーク」の東京会場に協力企業として参加しました。全5日のうち、主な講演内容をダイジェストでお伝えします。

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2月18日(月)主な講演ダイジェスト

ソーシャルジャーナリズムとソーシャル世論

スピーカー紹介

  • 2月18日(月)
  • 16:40

    17:20
  • 講談社・本館講堂

2月18日(月) - 16:35 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomここで復活します。今し方終わった木暮太一氏の講演は「SNSの懸案は、250年前にアダムスミスが言い当てていた」というご説でした。これから #佐々木俊尚 氏が「ソーシャルジャーナリズムとソーシャル世論」という題で登壇します。

2月18日(月) - 16:43 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomとりあえず自分の経験から。もともとジャーナリズムは新聞やテレビが報道するものだと思ってきたが、この10年ぐらいでものすごい勢いで揺らいでいる。その契機は2008年連続通り魔事件だったかなと思う。

2月18日(月) - 16:46 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomこのころユーストのようなものが出始め、一般の人が現場から撮影、生中継といったことが起き始めた。秋葉原事件で中継した人は、ブログの書き込み「楽しんでいた」「興奮して必死」発言で炎上。でも事件記者やってた僕は、こういうやじ馬根性がなかったかというとそうは言い切れない。

2月18日(月) - 16:48 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomじゃあ、実は目の前の出来事を伝えるということは、報道機関だろうが個人だろうがあまり変わらないんじゃないの? 2009年になるとツイッターが普及しはじめ、現場からツイッターで、といったことがばんばん起きるようになる。ハドソン川の飛行機不時着事件が有名な例。

2月18日(月) - 16:50 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomジャーナリズムの良心とか正義とか公平性といったことが何十年何百年議論されてきたが、あくまで今までジャーナリズムの中だけの議論だから成り立ってきた。でも、誰もが報じられる時代、そんなことが問えるのか。問えません。

2月18日(月) - 16:50 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomそんなものは一切共有されないし共有される必要もないのが現状。それをただすことは必要かもしれないが不可能に近い。じゃあ新しいソーシャル時代のジャーナリズムは何を生み出すのか考えないといけないよね。

2月18日(月) - 16:53 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom私が警視庁担当だった97年の東電OL殺人事件、警察は実名で勤務先も発表し、メディアはそれを伝える。数日後、私生活の実態がどんどん明らかになっていく。僕らは悩む。名前出してるのに今更書けない。悶々と放置しているうちに、スポーツ紙や週刊誌がばんばん書いていく。

2月18日(月) - 16:55 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom私のいた毎日以外は、匿名に切り替えて私生活の話を書いた。僕は署名入りの記事を社会面に書き、あれこれ事件の謎を書き、男女関係で金の授受があったことを臭わせたんだが、結果的に非難されて人権団体から抗議が来た。

2月18日(月) - 16:57 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom結局、我々新聞記者のような第三者がいくら真実に迫っても迫りきれない落胆があった。一報で桐野夏生さんが「グロテスク」を書く。被害女性の思春期から道を踏み外す。まったくのフィクションなのにものすごい説得力。僕はすごく打ちのめされた。じゃあ事件報道って何だったんだ。

2月18日(月) - 16:59 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom事件ジャーナリズムが時代をわかりやすく描くといいながら、小説家のフィクションの方がよっぽどわかりやすい。それから桶川ストーカー殺人でフライデーの記者が書いた2000年の「遺言」。完全に被害者家族に入り込んで第三者でなく身内として描く。これが心に刺さる。

2月18日(月) - 17:00 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom外部から描くなんて無理じゃないのか。こういう葛藤は昔からあった話。70年代の沢木耕太郎「一瞬の夏」。彼は単なる取材者でなくボクサーのセコンドまで務めた。当時「ニュージャーナリズム」と言われたが、客観中立の報道じゃないと批判された。

2月18日(月) - 17:02 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomこれはある意味正しいけど、何も描けないし、読者の心に響かない。アルジェリア人質事件で「実名報道が必要だ」と報道機関の人が言って批判された。結局、第三者が言ってるだけだからなんですよ。もう1回立ち位置を考え直さないといけないというのが長いテーマだった。

2月18日(月) - 17:04 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomそういう中にソーシャルメディアが登場してきた。献花台をメディアが取り囲む。そこへ批判が起きる。一方で一般の個人が報じる。どっちが悪いのか、どっちが上なのか、本当に言えるのか。本当に重要なのはプロかアマかでなく立ち位置の問題ではないか。

2月18日(月) - 17:06 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom人間の関係がそこに存在していないということなんだ。かといって全ての取材で相手にコミットできるのかという難しい問題。取材する側とされる側の関係性にどれだけ「空間」が共有されているかということなんだが、じゃあプロのジャーナリズムって必要あるのか、という話にもなる。

2月18日(月) - 17:08 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom80年、新宿バス放火事件。通りかかったプロカメラマンが撮って知人の読売新聞記者に渡した。大スクープ写真だったが、偶然バスの中にカメラマンの妹がいて重傷を負った。彼はこれが原因で「妹の不幸で有名になって」と非難される。当事者であるというのは簡単に引き受けられない。

2月18日(月) - 17:10 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom一方でプロは取材対象との共有空間を排除して報道を日常化していく。警視庁担当だと毎週のように人が殺される。すべてに共感しているととても体がもたない。マヒして、たえられなくて辞めていくか、マシーンのような記者になるか。ということになる。

2月18日(月) - 17:12 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom今回のアルジェリアの事件も、当事者の書いたものを生でブログやツイッターで吐き出され、従来マスメディアが作ってきた丸く甘ったるい空間が、生々しくなって置き換えられる、ということが起きている。

2月18日(月) - 17:14 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomより生々しい場に変わっていく状況を、我々どうとらえればいいのか。言論がグラデーション化している。震災報道をTV新聞が報じるのは「被災者かわいそう」「教訓を後世に」といった公共にのっかったもの。しかしより違った情報が流れた。

2月18日(月) - 17:18 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomそれはデマや恐怖心をあおるものから、新聞が伝えきれない生活情報まで。しかし、津波被災地域と、福島の原発近くの人と、東京と大阪では温度差があるということがあらわに。共有できるものが小さい。他人を代弁できる人間が果たしているのか。結局、個人で発信するしかない。

2月18日(月) - 17:20 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomソーシャルメディアの本質は組織対組織でなく、個対個の関係になること。企業アカウントやFBページがあまり効果がない。うけいれられたのはNHKPRのような生々しい人間らしいものだった。組織ジャーナリズムも、組織が情報発信するというのが受け入れられにくくなっている。

2月18日(月) - 17:22 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom社説よりも個人署名。新聞社の信頼性よりも個人の記者の信頼性が重要なメディア空間での立ち位置の一つになってくる。個人がいかに軸になるかしかないだろう。

2月18日(月) - 17:23 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom「無数の専門性が集められ、その集大成としての報道機関という可能性」

2月18日(月) - 17:26 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom報道の透明化。つねにソースは問われる。根拠不明確な関係者報道でなく、ソースを提示した可視化報道へ。これは新聞もブログも変わらないよね、っていう構造に変わりつつある。じゃあ書くっていう行為は何なのか。

2月18日(月) - 17:26 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom「どこが書いた記事かより、誰が書いた記事かが大事」

2月18日(月) - 17:29 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom「炎上させる人は、その行為を見ている人がいることに気づいていないことがある」

2月18日(月) - 17:31 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom発信者を非難する人たちも外から批判の目で見られている。2006年のオウム真理教ブロガー事件。元信者のブロガーが政党のブロガー懇談会に言ったのを週刊誌に書かれ、それで元信者ブロガーが炎上する。でも情報発信行為自体を否定するのはおかしいんじゃないか。

2月18日(月) - 17:32 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom元オウム真理教信者へのインタビューを掲載したら、猛烈に批判されたことがある。言いやすいことだから批判するのだろう。

2月18日(月) - 17:33 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomブログ上で十数人でやりとりしてるのに5万ビューぐらいついた。大部分は傍観者。石を投げ込むと、落ち着くところに落ち着いて終わる。だからインターネットでは正義は勝つ、とよく私は言っている。

2月18日(月) - 17:34 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom「ネットを見ない無関心者はまだまだたくさんいる。ちょっとしたバトルみたいなこともあるが小さいことであることも」

2月18日(月) - 17:37 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom今までは発信者の視点で話してきたが、俯瞰的にメディア空間を見るとどうだろう。メディアはクラウド化したプラットフォームとモジュールにわかれていく。新聞の記事がヤフーで横断的に見られるように。これは必ずしも水平分離ではない。

2月18日(月) - 17:39 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomアップルのアプリストアで公開するためには審査がある。下のプラットフォームが上のモジュールを管理することが起きている。支配的なプラットフォームの時代。

2月18日(月) - 17:41 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom一方で政府のデータのオープン化で、解析しビジュアル化でわかりやすく伝える「データジャーナリズム」という分野も生まれている。政府のデータベースというプラットフォームの上でインフォグラフィックスが生まれていくという構造でもある。

2月18日(月) - 17:43 朝日新聞デジタル編集部 @asahicomプラットフォームを旧来のメディアが取るのか、新しい企業が取るのかはわからない。プラットフォームの中立性が重要

2月18日(月) - 17:44 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom個人でツイートすることに、客観中立は必ずしも必要ないと思うが、プラットフォーム側が中立的・無思想的であるべき

2月18日(月) - 17:46 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom「個人の発言なんて中立にはなりえない。受け手も個人のバイアスを想定に入れて受信する」

2月18日(月) - 17:53 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom志としてのジャーナリズムからコミュニケーションの場としてのジャーナリズムへ

2月18日(月) - 17:55 朝日新聞デジタル編集部 @asahicom佐々木俊尚さんのセッションが終わりました。まだ続きますが、本日はここらへんで引き上げます。明日もいくつかのセッションを実況中継する予定です

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