現在位置:asahi.com>ニュース特集>宇宙探査>有人宇宙施設「きぼう」> 記事 日本のモノづくりの技、集積〜「きぼう」宇宙へ(1)2008年02月15日17時20分 「本当に美しいモジュールだ」。各国の宇宙関係者は、日本初の有人宇宙施設「きぼう」を称賛する。銀色に輝く外壁は傷ひとつなく磨き上げられ、船内は何層にも重ね塗りされた明るい白。内壁の裏側まで整然としている。機能には直接関係しないところまで気を抜かない「モノづくり」の技が集積している。 「きぼう」は長さ10メートル、直径4メートルの船内実験室を中核に三つのブロックからなる。今年、国際宇宙ステーション(ISS)への備え付けが始まる。 四半世紀前――。 三菱重工業・名古屋航空宇宙システム製作所に入社したばかりだった福田信彦さん(50)は、後に「きぼう」と命名される日本実験棟(JEM)の開発チームに配属された。検討は始まったばかり。宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)と各メーカーが毎週のように議論してイメージを固めていった。 オールジャパン体制で船内実験室の建造が始まったのは95年。歴史も社風も違う複数のメーカーが加わったため、調整に苦労する場面も多かった。しかも、米航空宇宙局(NASA)はISSの仕様をくるくる変える。苦労して仕上げた部品を削ったり、つくり直したり。 03年、船内実験室が米フロリダ州のケネディ宇宙センターに運ばれた。かたわらに並ぶ欧州宇宙機関(ESA)の実験棟「コロンバス」など他国の設備を見て、福田さんは驚いた。外壁には傷が残り、船内は濃い緑色で素っ気ない。「きぼう」の美しさが際だっていた。 「将来の月探査にも、きっと生かせる」。20年以上の試行錯誤は無駄ではない。福田さんはそう確信した。 ◇ 「きぼう」は、来年までに3回に分けて宇宙に運ばれる。今秋には若田光一さんが日本人として初めてISSに長期滞在、建設を進める。92年の毛利衛さん以来、米国のスペースシャトルに大きく依存してきた日本が、本格的な有人宇宙開発の第一歩を踏み出す。 PR情報有人宇宙施設「きぼう」
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