asahi.com
天気  辞書  地図  サイト案内  アクセスTop30 
サイト内検索:
ニュース特集 社 会 スポーツ 経 済 政 治 国 際 サイエンス 文化・芸能 ENGLISH 
ニュース特集一覧   
     
 home > ニュース特集 > ライト兄弟100年  
 
「飛行機」初訳者は鴎外? ライト兄弟飛行の2年前

 ライト兄弟が飛行機の初飛行に成功したのは、今からちょうど100年前。だが、「飛行機」という訳語は、それより2年早い1901年に文豪・森鴎外が「小倉日記」に記しており、知られている中で最古の使用例であることが航空史家の調査でわかった。鴎外が「飛行機」の名付け親ではないかという。軍医になってドイツに留学した鴎外は、飛行機の開発にも関心を強め、国産機開発の動きにかかわったこともあった。

 航空史家の村岡正明さんが、日本航空協会の季刊誌「航空と文化」に発表した。

 飛行機開発の動きが日本に紹介された明治中期には、「飛行器」などと訳されていた。誰が「飛行機」と最初に訳したかはっきりしないものの、定着させたのは、09年に国が設けた「臨時軍用気球研究会」とされてきた。

 鴎外は著作で飛行機に触れたり、独の戯曲を「飛行機」と改題して訳したりしている。村岡さんがさかのぼってみると、「小倉日記」の01年3月1日付に「飛行機の沿革を説く」とあるのが初出だった。飛行する機械をつくりたい、と訪ねて来た青年発明家・矢頭(やず)良一に、留学時代に知った開発の歩みについて熱っぽく語ったことを記した部分だ。

 矢頭はその後、鴎外の紹介で上京し、羽ばたき式飛行機の開発を始めたが、30歳で病死した。鴎外は「小倉日記」以降の著作でも、一貫して「飛行機」とした。

 英語ではエアプレーン(空の板)だが、独語ではフルークツォイク(飛行道具)。村岡さんは鴎外がこちらを念頭に訳したとみる。他の訳に「空中翔機械」「飛空機」「浮空機」なども登場したが、「代表的知識人だった鴎外の訳だからこそ、『飛行機』が定着したのでは」という。  (03/04/12)







| 社会 | スポーツ | 経済 | 政治 | 国際 | サイエンス | 文化・芸能 | ENGLISH |
GoToHome ニュースの詳細は朝日新聞へどうぞ。購読の申し込みはインターネットでもできます。 GoUpToThisPage
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 著作権 | リンク | プライバシー | 広告掲載と注意点 | アサヒ・コムから | 朝日新聞社から | 問い合わせ |
Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission