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2005 supercup

PK戦、磐田に女神
1999年 Jリーグ・チャンピオンシップ第2戦

(日本平、観客20,309人)
清水
エスパルス
1−1
0−0
延長
1−0
PK戦
2―4
ジュビロ
磐田
【得点者】
前37分沢登
延前9分ファビーニョ
  【得点者】
前34分服部

 史上初めて優勝を決めるPK戦に持ち込まれたチャンピオンシップは、磐田が2年ぶりに年間王者の座に返り咲いた。

 先制したのは磐田。前半34分、MF服部が正面から決めた。第1戦を延長Vゴールで勝っている上に、先制直後に清水のMFアレックスが乱暴な行為で退場し、優位に立ったが、前半37分、MF沢登に左からのFKを直接決められて同点。1―1での延長前半9分、清水のFWファビーニョにVゴールを決められて勝ち点2で並ばれた。だが、勝者を決めるPK戦を4―2で制した。

 第1ステージを制した磐田は、MF名波のイタリア移籍もあって第2ステージは12位と低迷。しかし、今季の最後を飾った。

 最優秀選手(MVP)は中山が1997年に続く2度目の受賞をした。

前半38分、磐田陣内へドリブルで突破する清水・沢登(10)
清水・サントスのPKを止める磐田・GK尾崎
PK戦の末、優勝を決め喜ぶ中山(右から2人目)ら磐田の選手たち

■奇策連発チームに刺激(オーレ)

 史上初のPK戦。オレンジ色に染まったゴール裏スタンドを正面にしても磐田の選手は冷静だった。これがアジアの大会でアウエーの厳しい戦いを経験した磐田の底力なのだろうか。

 第2戦も磐田は「奇策」で対抗した。第1戦で途中からFWで出場した守備的MF福西がFWで先発し、五輪代表のFW高原が控えにまわった。チームが持っているすべての可能性を、桑原監督はこの試合で引きだそうとしたのだろう。

 中山と福西のツートップの動きは悪くはなかった。長身の福西が前線で起点になって中山が絡む。先制点はこのコンビが導いた。右サイドで中山が清水DFからボールを奪って福西へパス。そこから服部へとつなげてゴールを生み出した。

 福西の起用に代表されるように、この2試合の戦いぶりは「異例」だった。今季、途中で補強はあったが、ほぼメンバーが固まったチームに変化はなく、第2ステージは低迷脱出に苦労した。だが、奇策はチームに刺激を与えた。

 2試合を見るとこの刺激があって最大限の力を出せたのではないか。アレックスの退場で「左翼」を失ったはずの清水に押し切られたように、1勝1敗は磐田の今の力を表している。服部は「勝負ではやられた。でも勝ちたいという気持ちがPK戦の勝利につながった」と話した。

 年間総合勝ち点トップの清水を短期決戦で退け、アジア王者の意地を見せつけた。それでも最強のイメージはない。中山は言った。「年間を通したら清水が上。それに見合うだけのチームをぼくらもつくりたい」。磐田の真価は来季、問われる。(上嶋紀雄)   

<両者勝たせたかった 川淵三郎チェアマンの話> 清水は一人足りないことを全く感じさせなかった。磐田はアジア王者のプライドが出た。全盛期の磐田が戻ってきた。PKで決めずに、両チームを優勝させたい素晴らしい試合だった。   

<清水は強かった 磐田・桑原監督の話> 清水は強かった。第2ステージでふがいなかった分、とてもうれしい。アジアスーパーカップで王座についた意地と誇りがあった。Jリーグ王者になって初めて胸が張れると思って頑張った。

◇清水、勝って力尽く 沢登絶妙FK、チームを鼓舞

 「万年2位」の汚名は、返上したはずだった。しかし、100分近い試合を2度戦った後のPK戦で最後に力尽きたのは清水だった。

 前半34分、自陣深くで西沢が中山にボールを奪われて、服部にゴールを決められる。さらに再開直後、相手ファウルでFKを得ながら、倒されたことに怒ったアレックスが三浦をけってレッドカードを受けた。

 失点、そして切り込み役の退場。自滅かと思われたチームを、しかし、ベテランが救う。

 退場と引き換えに手に入れたゴール左25メートル付近でのFK。沢登の右足のキックはゴール右隅へ。鮮やかな同点シュートだった。第1戦でも先制点を許した4分後に同点ゴールを決めた。「チームの状態が悪い時に落ち着かせるのが自分の役目」と話していた主将は、役割を見事に果たした。

 よみがえった清水は、左の翼をもがれながらも、細かくパスをつないで果敢に攻め、全員で守った。そして、延長前半9分、ファビーニョのVゴールで、第2戦をものにした。PK戦でシュートをはずしたのは、攻守を支えたサントスと、PK戦まで持ち込んだファビーニョ。第2戦の功労者2人に勝利の女神は非情だった。(美土路昭一)

◆混戦…次代を制するのは(ウエーブ)

 勝利の女神がどちらにほほ笑んでもおかしくない、好勝負だったと思う。

 1997年と98年は鹿島と磐田がJリーグの全タイトルを分け合った。しかし二強時代は終わり、群雄が割拠する時代を迎えたと言っていいだろう。

 ジョルジーニョが去って若手への移行に苦しむ鹿島と、名波(ベネチア)の移籍でチーム力が少しダウンした磐田。二強と他チームの差はなくなった。

 年間総合順位で2位へ食い込んだ柏は、ナビスコ杯を制した。10連勝で最後を終えた名古屋は、カルロス監督の就任がもう少し早かったらという気がした。横浜も有り余るコマをもう少しうまく使えば栄冠を手にできた。鹿島にしても小笠原、本山らの若い芽をチーム力アップにつなげていたらと思う。

 Jリーグが発足して7年。ヴ川崎の時代から鹿島と磐田の二強時代を経て、来季は大混戦が予想される。次の時代をつくるチームはどこになるのだろう。(田中基之)  

<結果ついてこず 清水・ペリマン監督の話> ハート、スピリット、ファイト、すべての面でわれわれの方が良かった。11人で戦っていれば絶対に勝っている試合だった。チームに値する結果がついてこなかった。  

○ボールへ執念、中山がMVP  

持ち味であるボールへの飽くなき執念を発揮した中山が、MVPを獲得した。ゴール前で前半34分、「ボールに足がついてない感じだった」という西沢がもたついたのを見逃さず、相手ボールを奪って服部の先制点を呼び込んだ。  

PK戦は五人目の予定だったが、順番は回ってこなかった。「バリバリ決める自信はあった。今だから言えることですけどね」と中山。「みんなが僕だけには回すなという気持ちだった。それだけ信頼されてます」  

○桑原監督、勇退へ  

磐田の桑原監督は試合後の記者会見で、今季限りで監督を退くことを明らかにした。天皇杯までは指揮を執る。後任は未定。


(1999/12/12 朝日新聞朝刊)



2000
スーパーカップ

2000年3月4日
@国立






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