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戦士のほっとタイム 舞の海
 
山野井泰史(クライマー) 指失っても単独登山

「登山歴を書き出して見るのが好き」=加藤丈朗撮影
「登山歴を書き出して見るのが好き」=加藤丈朗撮影

 2年前の秋、ヒマラヤ登山で手足の指10本を失いました。それでも、高峰大岩壁への単独挑戦をあきらめていません。

 ――2年前、ギャチュンカン(7952メートル)北壁登頂成功後、奇跡の脱出をされました。

 ベースキャンプにたどり着いた時は、凍傷になった指が鉛筆の芯みたいに黒く炭化していて、これは切るなとすぐわかりました。でも、自分の中ではすごく充実してました。オレはあそこまで力を発揮できたんだな、と。スポーツマンとしては喜びでした。

 ――喜びですか。

 標高7000メートルで雪崩の衝撃で目が見えなくなったんですね。それでもハーケンを打つ角度とか、瞬時に判断している自分に感動していました。それを何十時間も続け、手足が凍っても乱れずに下りるわけですよね。充実感はあって、生き残るぞ、という力みはなかったですね。目が見えないからハーケンを打ち込む岩の割れ目がわからないんですよ。じゃあ素手で探ってみよう、どの指で探ろうかと。で、人さし指や中指は下りる行為で使うから、まずは小指からと。それで切っちゃったんです。

 ○なくなった握力

 ――手の指が5本もない状態で登れるのですか。

 クライマーとしては致命的ですよ。特に小指。中指1本で懸垂ができなくなって、握力がこんなになくなるものかと驚きました。医者は「まだ切り落とした指の記憶があるからだ」と言いますが、なかなかうまくいかない。8月に挑戦した中国の5000メートル峰は、悪天候で失敗したのですが、昔より毛細血管が弱くなっているみたいで、すぐ手がしびれたし。どんなに努力しても昔のレベルに戻れないのはわかります。でも、悲しくはないです。登れればいいんです。

 ――これまでもヒマラヤの垂直に近い巨大な壁に挑んだ時も、ロープで安全を確保しなかったのはなぜですか。

 僕は8000メートル峰でも酸素ボンベを使わないから、ロープを使う手間を省いた方が安全だからです。長時間薄い酸素にいると脳細胞がやられちゃうから。ヒマラヤの氷は非常に硬いんですよ。ピッケルは同じポイントに2発ガシガシやって刺さるのは約5ミリだし、アイゼンはもう少し入って1センチくらい。長いと2千メートルの壁をビタミン剤を口に含んだりしながら50〜60時間かけて登り続けますから。

 ――なぜ、酸素ボンベを使わないのですか。

 せっかく高い山に行くんだから高い空気を吸いたいですよね。

 ――単独登攀(とうはん)にこだわるのはなぜですか。

 チームワークがダメかもしれない。複数で登ると会話が入りますよね。右、左、今がチャンスと。会話すると下界に引き戻されるようで。山を見て、雲を見て、感触がいいなと思ったときに動き出したいんですね。それに、誰も助けてくれない負の要素があるからこそ、成功した時の感動が大きいことを知っちゃってますから。

 ――命をすり減らしてまで、どうして登るんですか。

 美しい山、未知の世界に触れてみたい、自分の肉体を試してみたいというのもあるけど、それだけじゃないですね。「ゾーン」というじゃないですか。集中して自分が普段持てないような力を出すとき。気持ちいいですよね。周り何キロにもわたって誰もいない。薄い酸素を吸って、強い紫外線を浴びて。空は水色じゃなくて紺色なんですよね。そうするとね、制御しなくてもゾーンに入りやすいんです。もしかしたら、今年もそれを味わいたくて、というのは少しはありますよね。普段じゃない自分を体験したい。

 ○人生が開けそう

 ――危険に見合う報酬もない。

 家賃や電気代が払えないとなれば、お金が欲しいですけど、物欲がまったくないんです。たまに都会の雑踏を歩いていると、オレの方が楽しんでいそうだな、幸せだろうな、と思う時はありますよ。スポンサーをつけないのも、条件が悪ければ、引き返せる状態に常に身を置いていたいからです。登山そのものも、費用をかけなければかけないほど、質の高い登攀ができるんです。

 ――次は何に挑戦されますか。

 今、奥多摩内で引っ越そうとしているんですよね。新居といっても、ぼろい家だからペンキを塗ったりしているんですけど、今回失敗した中国の山で悪天候に遭ったとき、あの家どうなっちゃうのかな、と、ふと思ったんですね。ああ、今は死にたくない、と初めて思った。クライマーとしては、まずいですよ。だから今、ちょっと複雑です。人間に戻り始めて。その中国の山にもう1回行きたいですね。昔だったらすぐ登れた山です。ただ、もう一度登らないと、始まらないな、という感じがするんです。これを登れば、新たな展開というか、新たな人生が開けそうな気がするんです。

 ◇世俗を超越した崇高さにめまい

 〈後記〉 ファンの声援と約束された報酬がモチベーションとなるプロスポーツと違って、山野井さんの世界は孤独です。世俗を超越して、純粋に好きだから行為を営む、その姿勢に崇高さを感じ、めまいすら覚えました。(舞の海)

*    *    *    *

 やまのい・やすし 東京都出身。90年南米フィッツロイ冬季単独初登攀。94年チョーオユー(8201メートル)南西壁の単独無酸素初登攀など世界的な難ルート攻略。39歳。 (10/06 10:43)









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