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J1のヴィッセル神戸が、とても変わった指導体制でシーズン終盤を乗り切ろうとしている。チームのかじ取りを任せたのは「通訳」だ。
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9月27日、神戸はイワン・ハシェック監督(41)の辞任を発表した。前日、ジュビロ磐田に第2ステージ初白星を献上し、15位に転落していた。成績不振が理由の事実上の解任だった。
後任人事は難航した。白羽の矢を立てた山本昌邦アテネ五輪男子日本代表監督らには断られた。結局、クラブ内で唯一S級ライセンスを持っている加藤寛氏(53)を異動させて、監督の座を埋めた。10月11日のことだ。そのときの加藤氏の職は育成普及部長。トップチームからは離れていた。
監督選びは、その時点で明らかな失敗だ。なのにその後、チームは見事に持ち直した。10月24日の第10節終了時点で7位に上がった。
そこには「名通訳」の登場があった。
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松山博明コーチ(37)は今春、神戸のサテライト監督に就いた。トップチームの選手もよく知っている。ハシェック解任後、東京ヴェルディ戦の指揮を執ることになった。1試合だけという条件だった。
ところが、10月2日、東京ヴに2―0で快勝して事情が変わる。6試合ぶりの勝利に「流れを変えたくない」との三浦泰年チーム統括部長の言葉が出た。後任選びの難航と相まって、たちまち本流になる。
ただ松山コーチにはS級ライセンスがなかった。Jリーグの監督にはなれない。苦肉の策が加藤監督を戴(いただ)いたうえでの、実質的な指揮権の保持だった。
それでも問題は残った。試合中、ベンチ前のテクニカルエリアに出て指示を出せるのは「監督に限られる」とJリーグ試合実施要項は定めている。どうするか。解決策が「通訳」という肩書だった。
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試合中の松山通訳はとてもアクティブだ。両腕をブンブン前後に振ってベンチを飛び出す。その後を、加藤監督は慌てて付いて行く。通訳は監督と一緒でなければテクニカルエリアを使用できない、と試合実施要項で決まっているからだ。通訳が勝手に選手に話しては具合が悪い。
松山コーチもそのあたりは分かっているのだろうけれども、体が先に動くタイプらしい。飛び出し、叫ぶ。前半で声はかれてしまうほどだ。喜びようも派手だ。得点するとものすごい勢いでジャンプし、両足を広げて拳を突き上げる。
加藤・松山コンビのコミカルさ漂う動きと、松山コーチの豪快なアクションを見ることは、すでに神戸戦での僕の楽しみの一つだ。とりわけ松山コーチの得点時の爆発ぶりは、チームへの愛やゴールの喜びがズバリ伝わってきて僕までうれしい気分になる。松山コーチが実際に、外国人選手には外国語で指示しているという一点で支えられているグレーゾーンの指揮体制が、担当記者の間で問題にならないのはこの松山コーチの情熱ぶりも大きく手伝っているに違いない。
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松山コーチの元で、選手はのびのびとプレーし始めた。ハシェック時代とやり方が変わったわけではない。システムは同じ3・5・2で、メンバーも替わったのは2、3人。ハシェック氏が作った、練習30分前の集合や食材制限など、ピッチ外のルールもほとんどが踏襲された。ただ試合内容は見違えるものになった。
23日のサンフレッチェ広島戦は2―2で引き分けこそしたものの、内容的には完全な勝ち試合。目を引いたのは、競り合いでの強さだ。球への寄せが速く、愚直に個人戦を挑んだ。勤勉さが売りの広島にもまったく引けを取らない。一人ひとりがやるべきことをやっていた。
ハシェック前監督の失敗の要因には、言葉の問題もあって、戦術がうまく選手に伝わらないということもあった。最初に臨時で指揮を継ぐことになった時、松山コーチは「ハシェックの戦術をベースにして、コーチング、マークの部分で中途半端なところをしっかり確認する」と課題を語っている。ハシェック戦術での個人の役割をはっきりさせようということだった。
加藤・松山体制になって、主将の三浦(カズ)は言う。「ハシェックの良いところを松山さんが引き出し、選手たちが自分たちで考えてプレーできるようになった」。最初に自分で設定した課題を松山コーチはしっかりこなしている。
残留争いから大きく抜け出した10月17日のセレッソ大阪戦後、三木谷浩史社長(39)は「松山通訳もいいね」と喜んだ。ハシェック監督の考えがやっと選手に生き生きと伝わっている様子を見ると、確かに名通訳に違いない。(村上 研志)
(10/28 11:27)
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