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戦士のほっとタイム 内村有美

佐藤英賢(障害馬術) 五輪切符 馬に頼んだ

2007年11月13日

 五輪切符をつかんだ長野のお寺の次男坊。「和尚さん」と呼ぶ父は「幻の五輪代表」だった。人馬一体となって夢を引き継ぎます。

写真「お経はさっぱり分かりません。馬に乗りすぎて両ひざの半月板が損傷しているんで、正座もできませんから」=高山顕治撮影

   ◇

 ――お父さんはお寺の住職を務めながら、コーチもしているんですよね。すぐ隣に乗馬施設があるけど、何歳から始めたんですか。

 小さい頃は興味がなかったんですが、小学2年ぐらいからずっと馬です。学校が終わったら、すぐに帰ってきて乗ってました。友だちと遊びに行ったことは、ほとんどないですね。練習や試合があるから、修学旅行も行ってないし。

 ――それを残念とは思わない?

 思わないですね。授業中でも馬のことばかり考えていましたから。先生も泣いていましたよ。ちょっとは勉強しなさいって。でも、勉強しておけばよかったと思ってます。いまベルギーに住んでるんですけど、英語が分からないと困ることが多くて。

●父は「幻の代表」

 ――お父さんの正道さんはモスクワ五輪(80年)の「幻の代表」だったんですよね。お父さんのように、馬術で五輪に出ることが夢だったんじゃないですか。

 おれ、競馬の騎手になりたかったんです。中学を出てから競馬学校に入りたかったけど、最後は体重が落ちなかった。体脂肪率が3%ぐらいになって、医者から「やめた方がいい」って言われて。1週間ぐらいはめげてましたよ。小さいころからの夢でしたから。

 ――私は7年ぐらい前、番組の企画で武豊さんと競走したことがあるんです。練習中に落馬して怖くなっちゃったんですけど、馬ってすごく繊細で、馬の気持ちを分かるのは難しいなって。

 言葉をしゃべれないですからね。馬の気持ちを分かってあげることが一番の課題じゃないですか。人間みたいに話せれば楽ですけど、馬に「どう思う?」って聞いても言葉は分からない。言葉が話せない動物というところが難しい。でも、そこが逆に、面白いスポーツだと思いますね。

 ――例えば?

 自分を助けてくれたり、逆に裏切ったりもします。それを分かり合って、ともに上がっていくというのが面白いですね。

 ――裏切るなんて人間と同じですね。

 裏切りますよ。練習と違って、競技会では飛ばなくなる馬もいます。そういうところを分かっていないといけないんですね。この馬は競技会では裏切るので強めに乗っておこうとか、この馬は本番で頑張ってくれるので、練習では楽にしておいてあげようとか。馬とケンカして「こんな馬、乗りたくない」って思うこともあります。

 ――人間同士みたい。人間のように馬も緊張とかするんですか。

 競技会のときは、ご飯を食べられない馬もいます。おれも緊張して食べられなくなるけど。馬が緊張していれば、こっちがリラックスしないといけないし、ちょっと緊張感がないと思ったら、こっちが強くしないといけないし。

●信じるしかない

 ――馬の気持ちって、乗ってるときも分かるんだ。

 分かりますよ。例えば、おれが障害物の踏み切りを間違えて落下させてしまったとき、「今は飛べる状態だったのに……」という馬の感じが伝わってきます。

 ――北京五輪の出場枠をかけた6月の地域予選で同点1位。代表が内定しました。

 あのときは手が震えるほど、おれの方が緊張していました。だから何度も何度も、馬に唱えましたよ。飛んでくれ、飛んでくれって。心底頼みましたね。馬を信じるしかないから。

 ――信じる気持ちがないと成立しない競技ですね。

 本当に奥深いですよ。考え方によっては、馬はバットやミットなんかの道具かもしれないけど、生き物ですから。馬術は馬をコントロールしなくてはいけないので、馬に乗るということは、8割は強制だと思うんです。でも、2割は馬のプライバシーみたいに考えてます。馬がリラックスできる部分を2割でもつくってあげれば、人間の思いにこたえてくれると思っています。

 ――北京五輪まで1年もありません。楽しみですね。

 来週でもいいから、早く始まってほしい。自分は馬を1頭しか持っていないので、馬がケガしちゃえば出られないから。ケガをしないうちに出たい気分ですね。

   *

 さとう・えいけん 長野県小川村出身、明松寺馬事公苑所属。中学時代に全日本ジュニアを制し、チルドレン国際障害飛越大会は2年連続で準優勝。高校では全日本ダービーなどを連覇し、卒業後はベルギーを拠点に愛馬カヤックDHと活動する。兄の賢希と妹の泰も全国優勝する三兄妹。164センチ、54キロ。21歳。

写真

 〈有美のここだけの話〉

 長野県小川村。

 紅葉が始まり、奇麗な色をした山々に360度囲まれたその土地に、お寺と、馬と……佐藤英賢選手がいました。

 長野駅からは車で30分ほど。かなり山奥深く、本当に静かなところでした。まず驚いたのは、お寺の本堂のすぐそばを馬が悠々と自然に歩いていること。何というか、見たことのない取り合わせ? な気がして不思議でした。

 そして、辺りの静けさも半端ではありません。雑音がまったくない中、自分が歩くたびに踏まれる土と小石の音がします。まるで、太陽の光と自然が話し相手! とでも言いたくなるとようなところでした。

 佐藤選手はまさにその土地で生まれ育った人らしく、とてもピュアな人柄でした。朝5時に起きて、馬の世話に掛かりきりの毎日。夜も21時ごろには寝てしまうそうです。

 食べ物にもそんなに興味がないようで……。

 「僕、食事は、食べられればそれでいいんです。だからベルギーでも簡単なものばっかりですよ」

 結婚の予定も……。

 「まだ僕21歳ですよ! 無いです」と一言。

 中学・高校時代はと言えば、授業中でも考えていることは馬のことばかり。

 「次はこうやって乗ろう、とか、次の試合はこうしようとか」

 うーん。そうですか……。

 「馬術以外の趣味とかってあるのかな?」

 「ないです! おれ、馬が大好きなんですよっ!」と即答。

 そうです。彼の頭のなかを占めているのは「馬」のことだけなのです。最近は多趣味だったり、気晴らしのできるものを持っていたりするアスリートも多いんですが、彼は違います。

 馬で感じた悩みは馬で解決する。極端なことを言ってみれば、馬以外のことだったら、たとえ自分にとって重要だと周りの人が思うことでも、英賢選手にとってはひとつの意志として重要ではないのです。

 馬の心は自分の心。馬が心を痛めれば自分の心も痛い。毎日、世話をして共に時間を積み重ねていくことで、馬との心の距離が少しずつ少しずつ近づいていくのだと思います。

 7年ほど前、私が競走馬に乗る練習をしていたときに強く思ったことがあります。毎日たった3〜4時間、馬に乗って練習をしたって本当の意味で上達はしないのではないか、ということでした。本当に馬と一緒に走っているような気持ちになるには、馬の世話を教えてもらい、一からやっていかなくては駄目だなと思いました。

 馬は繊細な生き物です。人間が馬に心を預ければ預けるほど、馬も人間に預けてくれる。馬も人間も、たまに相手の期待に沿えないこともあるけれど、それもひっくるめて共に生きていくのです。

 英賢選手は、自分のすべてを馬に注いでいます。全身全霊でぶつかっているからこそ、馬も人間も最高のパートナーとして一つの勝負に挑んでいけるのだと思います。

 北京五輪。英賢選手は「五輪という舞台を早く経験してみたい」と話していました。カヤックDHと一体となって挑む姿、楽しみにしています!

著者略歴

内村 有美(うちむら・ゆみ)
元テレビ朝日アナウンサー。主にスポーツを担当し、01年世界水泳福岡大会や02年ソルトレーク冬季五輪などを取材。高校時代は陸上の走り幅跳び選手で、実際にシンクロやスケルトンにも挑戦する体当たりのリポートで人気を集めた。05年に退社。夫はタレントの内村光良さん。旧姓徳永。75年金沢市生まれ。
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