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Le Ballon Ovale

ウェールズ戦で見る、日本の課題

2007年11月30日

 ワールドカップが閉幕してから、早くも約1カ月半がたった。日本ではトップリーグが始まり、大学シーズンは各地域のリーグ戦が最終盤を迎えようとしている。今後は、こうした国内のラグビーを中心に報告していきたいが、今回はワールドカップについて、もう1点だけ書いておきたい。

 ワールドカップ閉幕後、国際ラグビーボード(IRB)から「STATICAL REVIEW AND MATCH ANALYSIS」と題した大会の統計的な分析結果が送られてきた。この分析には、日本の戦いぶりの厳しい現実が数字で表れている。この文書はIRBのウエブサイトで一般にも公開されている。

 冒頭の総括の項は、通常の国際試合では1試合平均55回前後のキックが決勝では91回、準決勝も86回と85回使われるなど、キックを多用した手堅い試合運びが目立ったことに言及した後、「ワールドカップで成功する唯一の道は、危険回避のために創造性を二の次にすることなのだろうか? 少なくともそう考えなかったチームが一つある――フィジーだ」と、その独自のスタイルを高く評価している。続いて、大会前は大敗が危惧されていた第2、第3グループの戦いぶりに触れ、「第1グループの国と第2グループの国の得点差は前回より開いたものの、フィジーがウェールズに勝って決勝トーナメントに進んだのを始め、グルジアがアイルランドに肉薄し、トンガは南アフリカを倒しかけ、ルーマニアもイタリアに惜しくも敗れた」と、その奮闘ぶりを特記している。しかし、日本国内では「世界に存在を印象づけた」はずの日本に関する記述はどこにもなかった。

 この分析で日本の名前が最初に目を引くのは、第2部の高得点試合ランキングの表だ。不動の第1位はもちろん1995年にニュージーランドが日本から奪った145点。さらに今回、オーストラリアに91点を献上して8位にもランクインしてしまった。フィジー、カナダという同じグループの国と接戦を演じても、格上の相手には手も足も出ない戦いをしていては、世界がその存在を認めてくれるわけがない。

 第3部の国別分析を見ると、日本のトライ獲得レートは「596秒に1トライ」の割合(大会平均は309秒に1トライ)。逆にトライ喪失レートは「150秒に1トライ」(大会平均は309秒に1トライ)。1次リーグを通じた平均のラック数は72(大会平均71)、パス数は108(同112)、キック数は25(同26)と、これといった特徴のない戦いぶりだったことがよく分かる。また、チーム全体のパスの中でFWが20%(大会平均19%)、SHが47%(同44%)、バックスが33%(同37%)と、バックスまでなかなかボールが回らなかったことも数字に表れている。

 第4部では、今大会を12年前の1995年大会と比較し、ラグビーの変化を分析している。その中で例に挙がっているのが、両大会で行われたウェールズ―日本戦だ。

  1995年 2003年  
試合結果10-5718-72 
インプレー27分35秒34分38秒+7分03秒
パス219307+96
ラック/モール89138+49
キック7044-26
スクラム2617-9
ラインアウト4230-12

 今大会での対戦では、1995年時に比べて、インプレーの時間は7分以上も延び、その中で約1.5倍も多いパスをつなぐようになっている。ラック・モール数の増加とスクラム数の減少は、1回の攻撃でより多くのフェーズを重ねる連続攻撃を行っていることを示し、キックの減少はラインアウトの減少にもつながっている。要は、プレーがなかなか切れないランニングラグビーになったということだ。

 そんなラグビー全体の変化の中で、日本とウェールズの点差は残念ながら開いている。この2試合、そして、2004年にウェールズに0―98で惨敗した試合をいずれも現地で取材した立場からは、世界の壁が年々高く、厚くなっているのを痛感している。変化の激しいラグビー界の中で、それについていくだけでなく、さらに格上の相手との差を詰めるためには、相当の努力とレベルアップが必要だ。そう考えると、2011年の次回大会までに残された時間は本当に短い。

※Le Ballon Ovale(ル・バロン・オバル)=フランス語で楕円球の意味。

著者略歴

美土路 昭一(みどろ・しょういち)
朝日新聞東京本社スポーツグループ記者。1993年からラグビー担当。95年の第3回ワールドカップ(南アフリカ)を現地で取材した。国学院久我山高でラグビーを始め、早大に進学。2年時には大西鉄之祐監督(故人)の指導を受ける。88年入社。企画報道室、電子電波メディア局企画開発セクションなどでも勤務(部署名はともに当時)。46歳。
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