現在位置:asahi.com>スポーツ>コラム>Le Ballon Ovale> 記事 ![]() ワールドカップ参加チーム数削減案にも一理2007年12月09日 国内ラグビー界は関東学院大の大麻事件という激震に見舞われている。最近、ラグビーの記事が紙面で大きく扱われるのは、こうした不祥事の時ばかりというのは残念でならない。この一件はまだ決着がついていないので、今回は紙面で詳しく伝えきれなかったワールドカップ参加チーム数問題について書きたい。 11月30日に開かれた国際ラグビーボード(IRB)の理事会で2011年ワールドカップ・ニュージーランド大会の参加チーム数を現状の「20」のままとすることが決まった。「16」への削減案が出てきた背景にはニュージーランド側の財政事情があったが、そもそも、日本と招致を争った時は20チームを前提としていたのだから、開催が決まってから削減を言い出すのは筋が通らない。 ただし、私個人は、ラグビーの質という面からはワールドカップの参加チーム数は16でも良いと思う。1次リーグの試合数を減らして試合間隔を十分に取った方が、1試合1試合、ひいては、大会全体の質は確実に高まる。試合日程を理由に、日本のようなラグビー小国が通常の国際交流では恐らく対戦できないオーストラリア代表ワラビーズとのせっかくの試合に2軍を出して惨敗するような事態は、本来、世界最高の舞台であってはならないことだ。1次リーグが4試合から3試合に減り、かつ、全てのチームに平等に試合間隔が確保されれば、ベストか、それに近い編成で戦う試合も増えるだろう。 もちろん、ラグビーの世界的な普及の面では、参加チーム数が多いにこしたことはない。しかし、「ワールドカップ出場」というPR効果を除けば、ワールドカップに多くのチームを抱えるよりも、実力の接近したチーム同士によるワールドトロフィーでの競り合いを高めた方が、日本のような第2、第3グループのチームにとっては有益のはずだ。ワールドカップの参加チーム数は16とし、前の大会の成績で出場権を得るチーム数は12から8に戻す。残る8枠を20チームが参加するワールドトロフィーで争い、ここでの成績をワールドカップでの組分けやシード順に反映させることにすれば、今までにない密度の高い戦いが実現すると思う。 今回、20という参加チーム数が維持されたことで、日本協会やアジア協会が求めていた2011年ワールドカップでの「アジア枠」は採用されなかった。今年のワールドカップでの成績で既に2011年の出場が決まっている12チームの地域分布を見るとアジアのチームだけが含まれていないことから、アジアからも確実にワールドカップに出場できるように世界予選であるワールドトロフィーとは別にアジア単独の出場枠を設けて欲しいという要望だったが、私は、そんな弱者救済措置はワールドカップには不要だと思う。だから、この「アジア枠」には反対だった。 日本国内でも、過去にはこうした「地域枠」が設けられていたことがある。東日本社会人リーグの「東北・北海道枠」だ。96年度までは、東北・北海道のチームをリーグ内に一つは残すため、この地域のチームが7、8位に終わって入れ替え戦に回った場合は、東北・北海道の代表と対戦するという特別規定があった。かつて日本選手権で7連覇した新日鉄釜石は、1993年度から1999年度まで7シーズン連続して入れ替え戦で残留を決め、もう一つの7連覇などとも言われたが、前半の4シーズンは、この「東北・北海道枠」に助けられた形だった。 しかし、入れ替え戦が下部リーグの代表との一発勝負から6チームによるリーグ戦形式に変わった2000年度は入れ替え戦を勝ち抜けず、ついに東日本リーグから陥落。翌シーズンにクラブ化し、釜石シーウェイブスとして再スタートを切ったチームは、いまだ浮上できずにいる。これは結果論に過ぎないが、低迷し始めた当初から関東のチームとの入れ替え戦に臨み、あるいは、早い段階で降格を経験した方が、企業チームとして余力のある時期に抜本的な立て直しに取り組めたのではなかったか、という気がする。東日本など3地域リーグを統合して全国規模のトップリーグを創設する際も地域枠は話題になったが、結局は設定されなかった。2003年の開幕当時、「数年のうちに姿を消してしまうのではないか」と危惧された九州勢は現在3チームまで増えている。 話をワールドカップに戻すと、予選が行われた5大会(1987年の第1回大会は全参加チームが招待の形で決定)のうち、日本がアジアの枠を越えて出場権を戦った大会が1回だけある。1991年の第2回大会だ。この時は、アジア・太平洋地区予選として、日本のほか、韓国、西サモア(当時、現サモア)、トンガの4チームが2枠を争い、日本は国内での集中開催という地の利はあったが、2勝1敗で見事に出場権を獲得した。故宿沢広朗氏が率いたこの時の日本代表が、翌年の本大会で日本のワールドカップ史上唯一の勝利を挙げたのは決して偶然ではないだろう。 2011年大会出場を目指す日本は、ワールドカップ前年に開かれる予定の「ワールドトロフィー」で「8」の出場枠を争うことになる。ターゲットは明確になった。1991年大会の時のような的確な選手選考と戦術の構築、そして、緻密な事前準備を遂行すれば、きっとワールドトロフィーをジャンピングボードにできるはずだ。 ※Le Ballon Ovale(ル・バロン・オバル)=フランス語で楕円球の意味。 著者略歴
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