
2008年2月8日
5年半ぶりの横綱同士の相星決戦で白鵬から土俵で1回転させられた朝青龍
大相撲というスポーツにヒール(悪役)という役割が必要かどうか。横綱・朝青龍の存在がそのことを考えさせる。
今場所の朝青龍は見事なヒールだった。
昨年7月末、「左ひじの故障と腰の疲労骨折で全治6週間の加療が必要」という診断書を出し、8月の夏巡業不参加を届けた。しかし、その後モンゴルで中田英寿らとサッカーをしている映像が流れ、ワイドショーを巻き込んだ騒動が始まった。
朝青龍は2場所出場停止の処分を受け、モンゴルで治療した。11月30日にモンゴルから再来日するまで、マスコミはその姿を執拗(しつよう)に捜した。帰国後、謝罪会見を開いても、臨時横綱審議委員会で説明を行っても、逆風は収まらなかった。
一方、東の横綱に座った白鵬は「自分は夏巡業からけいこをしている。2場所休んでいる横綱には負けられない」とはっきり口にした。
白鵬がベビーフェース(善玉)、朝青龍がヒールというわかりやすい構図が出来上がった。そのことが大相撲の初場所を盛り上げたのは、間違いない。
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1月27日の初場所千秋楽。13勝1敗同士の横綱相星対決に48本の懸賞がかけられた。横綱同士の相星決戦は約5年半ぶりだった。47秒間の大相撲で白鵬が左から上手投げをきめて、朝青龍を1回転させた。国技館に飛び交ったざぶとんは、ベビーフェースがヒールに勝利したことを祝福するものだった。「休んでいた横綱に負けられない。それだけでした」。白鵬は繰り返した。
朝青龍は風呂にこもり、出てきて5分間無言を貫いた。「やることはやった」。白鵬の表彰式をテレビで見ながら、「悔いはありません。力勝負なので来場所は絶対に勝ちたい」と話した。
日本相撲協会の再発防止検討委員会委員で漫画家のやくみつるさんは「朝青龍は土俵外の態度など何も変わっていない。みそぎは終わっていない。これで土俵の第一人者の座を白鵬に奪われた」と手厳しい。大相撲にヒールの存在など必要ない、という立場だ。
大相撲というのは、日本の国技であり、文化であるのは間違いない。横綱には当然「品格」が要求される。それは土俵を降りても同じに違いない。当然、朝青龍にもそれは求められる。しかし、ヒール役の朝青龍がいたからこそ、対立の構造が鮮明になり、興行として盛り上がったのは確かだろう。
何より、昨年夏以降の朝青龍バッシングは少し度を超えていなかったか。マスコミが誘導し、ファンがヒールとして彼を認識していった。そのプレッシャーに朝青龍はよく耐えたともいえる。
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朝青龍の存在はアンチ朝青龍ファンもひきつける。「彼が負けるのを見たい」と思う観客も取組に関心を持つ。そのことが低迷していた相撲人気を復活させる不思議な結果にもなっていた。
初場所は朝青龍、白鵬が力を出し切ったガチンコ相撲で「勧善懲悪」のストーリーが完成した形になった。普段、相撲を見ない層も引きつけられた。
初場所はしかし、また次の場所への興味をつないだ。本当に時代は朝青龍から白鵬へ動いたのか。大関に大きな期待ができない現在、この2人のマッチレースが売り物にならざるをえない。
横綱の「品格」さえ失わなければ、個性の強い力士がいてもいいだろう。朝青龍はヒールであり続けてもいいのかもしれない。
そのために「強さ」は絶対条件だ。憎らしいほどの強さを見せつけなければ、ヒールとしての意味はない。
一人横綱時代が長かった朝青龍にとって、白鵬の存在は今後、大きなプラスとなる。孤高のオオカミにライバルが登場し、そのライバルに左上手でねじ倒されたのだから、相撲に対する接し方、けいこの仕方も変わってくるだろう。
「ヒール」と「ベビーフェース」の決闘のような対決が、大相撲の空気を変えていくことになる。(編集委員)