
2008年4月3日
スチュアート・アップルビー=田辺安啓氏撮影
去年のマスターズ。オーガスタを襲った極寒と強風は選手たちをとことん苦しめた。オーストラリアの大自然の中でゴルフを覚え、「タフなコンディションが好き。ゴルフは自然との闘いではなく、自然を味方につける競争だ」と常々語っていたスチュアート・アップルビー(36)は、持論を現実化するかのごとく3日目を終えて単独首位に立った。
ちょっとぐらいの寒さなら、いつだって半袖姿。オーガスタにも半袖シャツしか持ってきていなかった。しかし、さすがに耐えかねて「プロショップでセーターを買った。値札通りの155ドル。選手でもディスカウントしてくれなかったよ」。
オーストラリア選手初のマスターズ制覇という母国の期待とプレッシャーは重かった。「インタビューに呼ばれ、オーガスタのメディアセンターに初めて入った。長い間、あの建物はキャディー用の食堂だと思っていたから、びっくり!」なんてジョークも、すぐさま緊張で凍りついた。「残るは18ホール。乗り越えるべきことがいっぱいの最終日は18ホール以上の長さだろうな」
そんな言葉を聞いて思い出されたのは、アップルビーが乗り越えてきた人生の苦難だ。98年に目前の交通事故で愛妻を失って以来、涙と失意のどん底で送ってきた歳月は、彼にとって何ホール分の長さだったのだろう。1ホール、1ホールを必死に踏みしめながら前進し、つらく悲しいラウンドをなんとか終えるまで決して外さなかった左薬指のマリッジリングが、今でも目に焼きついている。
現在の妻と新たなるラウンドを開始して、やっと笑顔が戻った。けれど、胸の中から前妻の思い出が消えることは「永遠にない」と彼は言う。
さまざまな思いを抱き、初制覇に挑んだサンデーアフタヌーン。グリーンジャケットを羽織ったのはアップルビーでも王者タイガー・ウッズでもなく、ザック・ジョンソンだった。マスターズのロゴ入りセーター姿でホールアウトし、勝者をたたえたアップルビーの言葉が忘れられない。「大自然を一番うまく味方につけたのはザックだった」
マスターズは来週開幕。今年、マザーネーチャーを一番うまく味方につけるのは果たして誰か――。(在米ゴルフジャーナリスト)