2008年6月24日
「体育館とか広い所に行くとテンションが上がっちゃうんですよ。それで色んな技に挑戦して、ケガをしちゃうんです」=竹花徹朗撮影
昭和最後の64年1月生まれ。力強い脚力と優れた空中感覚で五輪初出場を決めました。「体操ニッポン」の期待が集まります。
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――同じ名字というのもあるんですけど、私の主人(内村光良<てるよし>さん)が「絶対に応援しよう」と言って(国内最終選考会の)NHK杯に行きたがっていたぐらいなんです。
そうなんですか。僕が小、中学校のときは、あだ名が「テルヨシ」だったんです。
――ウッチャンじゃなくてテルヨシなんだ。面白いですね。
はい。友だちから「おい、ナンチャンはどうした!」みたいなことも言われてましたけど。
――そんなことを言われながら、ご両親のスポーツクラブで体操をしてたんですね。
家と体育館が一緒なので、知らないうちにやってました。はしゃいだり跳び回ったりするのが好きだったんです。落ち着きがないと言われてましたけど。
――まさか授業中とかには跳び回らないですよね。
教室ではやらないですけど、体育の時間は遊び回ってました。勝手に砂場で走り幅跳びとかをやってた記憶があります。
――何でそんなに跳ぶのが好きだったんですかね。
分かんないです……。でもトランポリンが好きで、いろいろな技の感覚もついたというか。
――正方形のじゃなくて、体操用の細長いトランポリン?
親から「欲しい?」みたいなこと聞かれて、欲しいって言ったら「もう頼んでおいたから」みたいな感じで。あのときは、ちょっとうれしかったです。
●いい着地が快感
――一番気持ちのいい瞬間って、どんなときなんですか。
自分の中にリズムがあって、そのリズムにピッタリ合って着地が決まったときですね。練習では技をやっているときです。できない技とかができるようになると、すごく面白い。
――中学まで指導を受けていたのに、どうして東京へ行こうと思ったんですか。
広い体育館でやってみたかったし、日本のトップでやっていた(塚原)直也さんと(朝日生命体操クラブで)一緒に練習してみたいというのもあって。
――お母さんたちは心配だったと思いますよ。
まあ、そうですね。電話とメールは毎日きてましたから、かなりの心配性ですね。そのときはアパートで同世代の選手と暮らしていたし、寂しいという感じもなくて楽しかったですよ。
――アテネ五輪で日本男子が団体総合の金メダルを取ったのは、そのころですよね。
高校1年の全日本ジュニアか何かのときで、すげえみたいな。同じ舞台に立ちたいと思ったんですけど、ちゃんと目指すようになったのは高校3年ぐらいからです。ナショナルチームに入れたんで、これならオリンピックにも行けるのかなと。それから本気で目指しました。
●北京も普段通り
――本気になってから2年後の最終選考会で総合2位。さすがに緊張しませんでしたか。
あんまり緊張したことがないんですけど、2日目の最終種目では小学校以来で緊張しましたね。やっぱりオリンピックってすごいなと思いました。
――小学校以来?
県大会か何かのときなんですけど、ゆかの構成を忘れちゃって。途中で演技をしないまま、ただひたすら走った覚えがあります。もうやること忘れちゃって、とりあえず走れみたいな。
――斬新な感じで……。北京では緊張しちゃいますかね。
プレ大会で現地に行ってるんで、会場の雰囲気とかは分かっているんですけどね。(アテネ五輪を)テレビで見たときの感じでは異様な雰囲気が伝わってきましたけど、試合をしている側になれば、いつもと同じ感じだと思うんです。たぶん最終種目ぐらいじゃないですかね、そういう雰囲気になるとしたら。
――(金メダリストの)冨田選手や鹿島選手から、何かアドバイスとかありましたか。
あまりないですね。僕はあんまりご飯を食べないんで、ご飯のときに「そんだけ?」みたいなことは言われますけど。お昼はおにぎり1個とか、1日何も食べないこともあります。
――食べないと駄目ですよ!
僕は食べない方が動けるんです。たぶん胃が小さいんで。
――まだまだ先が長いんですから。ロンドン五輪の次は東京になる可能性もありますし。
出たいとは思ってますけど、あと8年あるんで、ちょっとしんどいかなって考えちゃいます。まずは北京だけど、実感がわいてないぐらいですからね。
*
うちむら・こうへい 長崎県出身、日体大2年。東京・東洋高時代の06年に高校選抜と全日本ジュニアで優勝。大学1年で全日本学生選手権を制し、ユニバーシアードでは種目別ゆかで金メダル。得意種目はゆかと跳馬。160センチ、54キロ。19歳。

〈有美のここだけの話〉
体操男子・五輪代表選手の練習は、広くて、天井の高い体育館で行われていました。
自分の履いたスリッパの音が響いてしまうのではないかというくらい、とても静かな空間です。コブクロやサザンといった日本の音楽が、邪魔にならない程度のボリュームでくっきりと流れていました。
初めて味わう独特の雰囲気です。流れるようにスマートな空間。選手たちはそれぞれが独自の世界観を作り出し、それに包まれるように練習に打ち込んでいます。
自分の心と向き合い、勝負している究極の職人さんたちが、黙々と体操をしている……そんな感じです。身体を動かす様子をじっと見ていると、じわじわと、選手の個性や人柄みたいなものが伝わってくる気がしました。
なかでも、少しやんちゃな様子で際立った存在感を示していたのが内村選手でした。19歳。代表選手のなかでは一番若いということもあって”みんなの弟”のような雰囲気です。
実際に話をしてみると、これまでテレビのインタビューなどを通して見てきたクールなイメージとは少し違い、とても話し好きで、タフな少年、といった感じでした。
チョコやお菓子、ジュースが大好き。体操以外の時間はゲームに没頭しているそうです。そうですよね。19歳ですものね。
笑顔がとても素直で格好いいのですが、たまに少しとがった強さみたいなものがキラリと光る瞬間があって、それが、とてもダイレクトに”恐れを知らない若さ”や”無限の可能性”につながっているようで、ゾクゾクしました。
彗星のごとく、さわやかな勢いをもって現れた内村選手。間違いなく、これからの男子体操界を引っ張っていく人なのだと実感しました。今年の夏、初めての五輪という大舞台で、彼は一体どんな感情を抱き、どんな戦いを見せてくれるのか。
何があったとしても、彼の血となり肉となるその経験。どうか、思いっきりぶつかってきてほしいと願っています。
元テレビ朝日アナウンサー。主にスポーツを担当し、01年世界水泳福岡大会や02年ソルトレーク冬季五輪などを取材。高校時代は陸上の走り幅跳び選手で、実際にシンクロやスケルトンにも挑戦する体当たりのリポートで人気を集めた。05年に退社。夫はタレントの内村光良さん。旧姓徳永。75年金沢市生まれ。