2008年6月24日
オマーン戦で相手GKをけり、出場停止3試合はいただけなかったが、日本FWの中では「KY度」は高く、最終予選でも柱になる存在の大久保嘉人
日本が生んだ名ストライカー釜本邦茂さん。クラマー氏以下、多くのコーチから英才教育を受けたという
日本代表が、ワールドカップ(W杯)アジア3次予選を突破した。さて、日本代表の試合になると、お題目のように唱えられるのが「FWの決定力不足」という言葉。今予選も、状況は相変わらずで、6試合12得点のうち、FWは大久保が2点、巻が1点をあげただけ。チーム「得点王」はDF中沢の3点だった。W杯ドイツ大会のころも思ったが、優秀なMFはたくさんいるんだから、こうなったらFWがいない「0トップ」で戦った方がいいんじゃないの、と掟(おきて)破りな戦術の採用を提案したくもなる。
現在、本紙で連載中のJ1ガ大阪、育成・普及部長の上野山信行さんが、ちょうど24日付けの紙面で指摘しているように、日本ではFWが育ちにくいと言われる。どうしてか。連載では、集団の和を重視する文化的な背景や、シュートを決めても喜べない風潮、さらにネットのついたゴールが少ないという独自の視点を披露する(詳しくは本紙を参照ください)。また、お正月の全国高校選手権でもおなじみの兵庫・滝川二高を23年間にわたって指導し、現在はJ1神戸で、育成、普及にかかわる黒田和生さんも、極端にミスを恐れる国民性が、FWの成長を阻んでいると指摘している。
今風に言えば、「KY(空気が読めない)な」選手ほど、FW向きということだろうか。だが、場の流れに逆らうことに過敏になる風潮が強まっているから、KYという言葉もクローズアップされてきたのだとすれば、ますます世界的なFWの誕生は期待できない。上野山さんや黒田さんだけでなく、未来のJリーガーたちを育てる指導者たちは、日本のどこかでみんな迷いながら、日々子供たちに向き合っている。相手は、日本の国民性とか文化性とかだから、難敵である。
さらに一方で、前日本代表監督のオシム氏が「日本を日本化する」と言ったように、日本的なものを伸ばしながら、世界に通用するチームを作ろうという命題もある。世界で勝つには、本当にたくさんのハードルがある。
かつて、そうした課題に取り組んだのが、「日本サッカーの父」と呼ばれるデットマール・クラマーさんである。東京五輪の強化のために、60年に当時の西ドイツから日本に渡り、68年メキシコ五輪の銅メダル獲得に貢献した。06年のドイツW杯開催中に、ご自宅を訪ねて、話をうかがったことがある。その時、「いいFWを育てるためにはどうしたらいいですか」と聞いてみた。クラマーさんの答えは明快だった。「とにかく練習することだ」。
当時は、釜本邦茂(現日本協会副会長)というストライカーがいた。「彼に何人のコーチが付いたと思う。それこそあらゆるシチュエーションのボールをけらせた。今の日本で、そこまで練習をしている選手がいますか」。その後、ペレを始め、世界的な選手がいかに陰で努力を重ねていたかを、大きな身ぶりで話してくれたことを思い出す。
サッカーのレベルが上がれば、上がるほど、ゴール前での余裕はなくなる。瞬時の判断が必要になるから、反復練習でボールを持ったら反射的にシュートを打てるくらいにならないといけないということだろう。これもまた真理である。
いろいろなFW育成論を聞きながら、ふと浮かんだのは、高校時代の練習風景だ。僕のポジションはGKだった。毎日のようにFWのシュートを受けていた。我がチームには、2人のFWがいた。1人はサッカーセンスにあふれ、性格もまじめ。周囲への気遣いもでき、彼を悪く言う人間はあまりいなかった。もう1人も、別に悪人だったわけではないが、ややアクの強いタイプで、好き嫌いがはっきりしていた。
シュートを受けていると分かるのだが、前者の天才タイプは、ゴールの形にこだわっていた。いわゆるきれいなシュートを意識していた。一方のアクの強いタイプは、泥臭いシュートでもゴールに決まればいいという感じで、いかにGKの嫌がるところにけるかということを、常に考えていた。
練習では鮮やかなシュートを決めることが多かった前者より、後者のFWの方が、結果的には試合では決定的な働きをした。グラウンドの外と中で、2人への信頼がくっきりと分かれる様は、見ていて不思議なくらいだった。
さて、このようにFW論を語り出すと、どこまでも拡散して、まるでまとまりがなくなってしまう。今日の晩酌では、文化論から教育論、はたまた職場の同僚の品定めまで、FWを肴(さかな)に話を弾ませてみてはいかがだろうか。堂々巡りで深酒になっても、責任は持てませんが。(藤田淳)