2009年5月22日
世界のサッカーはある意味、おかしくなっているな。欧州も南米もスタイルが似通ってきている。かつてはその国、その国の特有のサッカーがあった。例えば、タイやマレーシアは足技が異様にうまくて、戦っていて面白かった。今はみんながいいものを取り入れたことで、やっていることが同じになった。
「やっていることが同じ」という点では、日本の教え方もそうだ。日本サッカー協会が公認ライセンス制度を作っているので、指導者はそれに基づいて一生懸命に勉強すればいいのだが、日本協会のコーチングの指針や方法を頼りにやりすぎると、一つの形にはまったサッカーをオーソドックスにとらえていこうとするばかりになる。結果、「個性を尊重」と口ではいうけど、実際にやっていることは、若い選手を伸ばしていないという矛盾に陥る。
昔は公認ライセンス制度がなかったうえ、中学にしろ高校にしろ、部活の顧問や監督にはサッカーを知らない先生がたくさんいて、それぞれがてんでバラバラのことをやっていた。僕が通っていた京都の山城高校も、指導してくれた森貞男さんは京都学芸大(現京都教育大)で活躍したサッカー経験者だったが、「ああせい」「こうせい」とは一切言わない人だった。ただ、「上手になりや」だけ。狭いグラウンドを野球部などと分けて使っていたが、サッカー部の場所は、一塁ベースからライトにかけての部分だった。小さいスペースで練習を繰り返すしかなかったから、僕みたいな大きな選手も、自然と細かいことができるようになったのかもしれない。森さんは僕が早大に進んでから試合後に会った時なども、「何しとんねん、おまえ」「あんじょう、しいや(うまくやれ)」。それだけや。
そもそも、今はあまりに試合が多すぎるのではないか。高校、中学、小学生に試合の場を多くしようと、日本協会がリーグ戦実施を提唱してきた結果、高校なんかは春から各地域でプリンスリーグが始まる。その合間に高校総体予選があって、夏休みになれば、何チームかが集まってカップ戦のような競技大会をガンガンやったりする。もちろん、一発勝負のトーナメント戦に負ければ真剣勝負の場がそれだけで終わってしまうというのは試合が少なすぎ、育成のためにならないが、逆にこれだけ多いのが果たしてええのかね?
別にペレくらいになれば、3日に一回試合をしていればいい。なぜなら、練習しなくてもいいからだ。彼らの技量をもってすれば、マッサージを受けて休養してフィジカルを整えておくだけでいい。だが、高校生や中学生が試合の中で、何をトレーニングできるのか。まず練習しなければ、うまくはならない。その練習で鍛えた成果を試合で試すわけだ。しょっちゅう試合をしていると練習ができない。春から秋のシーズンの間にも、一カ月くらいは試合をやらず、練習ばかりをやる期間が必要だ。
監督からすれば、強豪チームに勝ったりすれば、「あそこに勝ったから、自信を持ってやれ」といったメンタル面のケアの材料に使えるだろうが、試合の中で一人一人の選手をみるのは大変やで。選手の個性を伸ばすために、指導者にとっても練習時間は大事で、試合が多すぎるのはよくない。
1944年、京都市生まれ。山城高から早大を経て、1967年にヤンマーディーゼルへ。日本リーグで通算最多の202得点。得点王には7度輝いた。日本代表としては、国際Aマッチ日本最多の75得点。1968年のメキシコ五輪では7ゴールをあげ、銅メダル獲得の原動力となった。1984年に引退。Jリーグ・ガンバ大阪初代監督、参議院議員、日本サッカー協会副会長などを歴任。