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競馬ウィークリー

太く短く駆け抜けたタキオン

2009年6月26日

  • 筆者 有吉正徳

 アグネスタキオンが急死した。22日、種牡馬(しゅぼば)として暮らしていた北海道の牧場で急性心不全のため死んだ。11歳の若さだった。

 父は大種牡馬サンデーサイレンス、母は桜花賞馬アグネスフローラ。一つ年上の兄はダービー馬アグネスフライトという血統。そんな華麗なる一族の中にあって、タキオンの才能はひときわ輝いた。

 00年12月2日に阪神競馬場でデビュー勝ち。その後も白星を積み重ね、01年4月15日には無傷の4連勝で皐月賞馬になった。デビューから4カ月あまりで母や兄に並ぶクラシック馬の座に就いた。

 だが現役生活はこの皐月賞が最後になった。脚の故障で無念の引退。02年から種牡馬になった。夢半ばで終わった現役生活のエネルギーを注ぎ込んだのか。現役時代以上に種牡馬として成功した。

 1年目の産駒(さんく)ロジックが06年のNHKマイルカップを制して初のG1制覇を果たすと、その後もダイワスカーレット、キャプテントゥーレ、ディープスカイ、リトルアマポーラと次々とG1優勝馬を送り出した。昨年は中央・地方合わせ322頭の産駒が252勝を挙げ、獲得賞金34億円以上で賞金ランキングの種牡馬ナンバーワンになった。

 現役でも種牡馬でも短期間で頂点に上り詰め、あっという間に走り去る。タキオンは一陣の風のようなサラブレッドだった。

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