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2012年3月21日

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ありったけサッカー魂〉

海峡を結ぶフィジコたち(8)

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写真:韓国五輪代表で指導する池田誠剛フィジカルコーチ=韓国サッカー協会ホン・ソッキュン氏提供拡大韓国五輪代表で指導する池田誠剛フィジカルコーチ=韓国サッカー協会ホン・ソッキュン氏提供

 「今日は絶対に胴上げさせてもらいます」。真剣な表情の選手たちにがっちり腕をつかまれると、宙に舞いながらオレンジジュースの雨を浴びた。2月22日、男子サッカーロンドン五輪のアジア最終予選C組で日本がマレーシアを下し、本大会出場を引き寄せた日、A組の韓国はオマーンで一足先に7大会連続の出場を決めた。日本人として初めて韓国協会とコーチ契約をした23歳以下(U23)韓国代表の池田誠剛フィジカルコーチにとっても、当面の目標を果たした一つの節目だった。「何かをかけられるのはわかっていたから、控室に戻ろうとしたんだけど」。正式にコーチに就任して約1年。選手たちの手荒な感謝の伝え方は、信頼の厚さの表れだった。

 2012年は1月6日の沖縄合宿から始まった。年内の3戦を終え、韓国は勝ち点7で首位。オマーンが同4で追っていた。韓国には2月5日のサウジアラビア戦と、2月22日のオマーン戦という熱暑のアウェー連戦が最大の山場だった。

 この時期、フィジカルコーチとして難しいのは、前年のシーズン終了と休養期間が選手によってバラバラだということだ。韓国Kリーグは10月末にリーグを終えたチームもあれば、それ以降のプレーオフを戦ったチームもある。Jリーガーでいえば、天皇杯決勝を戦った京都のMF鄭又栄は元旦までプレーしていた。個々にどれだけの負荷をかけるか、神経を注ぐ毎日だった。

 1月15日から21日までは暑熱対策として、タイで行われた国際親善大会キングスカップに出場したが、試合に出られるコンディションでない選手もいた。こうしたケースで大事なのは、コンディションの違う選手がいることを全員に理解してもらうことだという。「それを言わないと、負荷の軽い練習をしている選手に、『あいつは楽している』と陰口が出たりする。練習が十分でない選手が連係を深めるために試合に出ると、摩擦も生じかねない」。すべてのメンバー選考がチームのためなのだということを、周知する必要があった。

 キングスカップでは、タイ代表に3―0、デンマーク代表と0―0、ノルウェー代表と2―0。2勝1分けで優勝を飾った。池田コーチには、洪明甫監督との信頼関係が改めて実感された。監督は、どんな選手の組み合わせがいいかを見極めるため、紅白戦を多くやりたくなるものだが、池田コーチが「疲労回復ができていないから、今日はやらない方が良い」と判断すれば、洪明甫監督はうなずいた。試合で先発からはずれると、途中出場に向けたウオーミングアップで気持ちを高められない選手もいるが、池田コーチはそれを見逃さず、投入を進言することはない。洪明甫監督は、選手たちに「セイゴーさんに認められない選手は、A代表であっても使わない」と明言していた。

 タイでの日々は、五輪予選メンバーに残りたいという緊張感が選手にもあり、モチベーションも高かった。ところが、1月26日からカタールでの事前合宿に入った時、池田コーチは「変な雰囲気」を感じた。「キングスカップで優勝し、変に自信にあふれていた。さらにサウジは勝ち点1でグループ最下位。慢心があった」。誤算も生じた。カタールのクラブチームとの練習試合がドタキャンを食ったのだ。「ハイプレッシャーの経験をしないまま、サウジ戦を迎えてしまった」。キングスカップで戦ったデンマーク、ノルウェーの北欧勢は元来熱暑に慣れておらず、プレッシャーそのものは緩い試合だった

 後がないサウジは、キックオフから激しくプレッシングをかけてきた。完全に受け身となった韓国は後半15分に失点。後半ロスタイムにセ大阪の金甫●(●は日の下に火)のシュートで何とか引き分けた。実はカタール入りしてから、「あの情報が入ってきたのもマイナスだった」と池田コーチが振り返る出来事もあった。昨年11月のオマーン―カタール戦は1―1の引き分けだったが、アジア連盟が「オマーンの3―0で勝利とする」と発表したのだった。カタールが累積警告で出場停止だった選手を出していたことがわかって没収試合となったためだった。勝ち点7の韓国にすれば、2位オマーンの勝ち点が4から6に上乗せされ、迫られた格好だった。「何で今になって」というモヤモヤ。慢心と事情の変化で、チームはバランスを崩しかけていた。

    ◇

 しかし、池田コーチはそこから、「一発勝負がかかった時の韓国の緊迫感のすごさ」を改めて実感することになる。韓国がサウジと引き分けて勝ち点8とした2月5日、オマーンはカタールと引き分け、勝ち点7に。2月22日の直接対決はまさに天王山。「スイッチが入る条件がそろっていた」という

 チームは2月15日にUAEのドバイに入り、20日、オマーンの首都マスカットに入った。池田コーチはここで何かが開けてきたような気分になったという。「ドバイは砂嵐が多くてほこりっぽく、重苦しい雰囲気があった。でも、オマーンは同じ乾燥気候でも岩山が多く、空気が澄んでいる。ホテルも部屋が明るく、食事もおいしかった。サウジでは食事は窓がない部屋でとっていた。流れがチャンスの方向に変わった感じがした」

 決戦の22日。スタジアムは異様な雰囲気だった。オマーンは勝てば初の五輪出場へ、大きく前進する。「韓国はアウェーでは勝っていない」と、地元メディアが毎日報じたこともあり、観客も相当に集まっていた。ヤジが飛び、ウオーミングアップに集中できる状況ではない。池田コーチがふと、スタンドをみると、ゴール裏の一角に地元在住の韓国サポーターが集まっていた。「アップに集中したい。そこの前でやりたいのだが……」と掛け合った。サポーターたちは「わかった」と二つ返事だった。すぐ近くに選手たちがいれば、応援する側は声をかけたり、鳴り物で気勢を上げたりしたくなるものだが、サポーターたちはただ見守ってくれた。池田コーチは、アップする選手に手応えを感じた。緩みもせず、過緊張もせず、虎視眈々と気持ちを整えている

 試合開始15秒だった。MFナム・テヒが稲妻のような先制点を奪った。審判の判定はアウェーの韓国に厳しかった。次々とイエローカードが出され、金泰映コーチも退席。しかし、韓国は後半に2点を追加した。場はさらに荒れた。観客がペットボトルを投げ込み、ロケット花火が飛び交い始めた。爆竹がベンチにいた湘南の韓国栄の顔をかすめるシーンまであった。試合は中断された。韓国は冷静にならなければいけなかった。このままなら勝てる試合だ。試合放棄をにおわせ、再試合になったら元も子もない。「試合を続けたいという姿勢を貫こう」と選手、スタッフが確認し合い、状況を見守った。10分間の中断の後、試合は再開され、3―0で終わった。

    ◇

 「オマーン戦の3、4日前からの張り詰めた空気は、感じたことがないものだった」。池田コーチはそう振り返る。「日本でも『キックオフの時に100%で臨める準備をしよう』というのは同じ。だからこそ、『グラウンドを離れたオフのところではリラックスしないと、集中過多で疲れる』と言われ、今もコーチングスクールではそう教えられる。でも、日本では『気持ちが入りすぎだ』と言われるような状態が、彼らには当たり前の準備だということがわかった」

 何よりも結果が重視される韓国では、外からの強烈なプレッシャーで、代表選手はがんじがらめになることが多かった。2002年W杯4強メンバーだった洪明甫監督や金泰映コーチをはじめ、スタッフ陣はその圧迫感と戦ってきた。「だから、選手として修羅場を経験してきた世代が、若い世代に何を伝えなければいけないか、整理できている」と池田コーチは感じる。

 洪明甫監督の指導は、サッカーに取り組む姿勢など内面的なものが大きなウエートを占めるという。選手起用は、チームのためにハードワークできる選手を使う、という点で揺らがない。「サッカーは11人ではない。控えを含めた22人で戦うものだ。代表のエンブレムは誇りであり、自分のために戦うのでもない」と常々言うそうだ。

 池田コーチは「結果を出そうとすると力みが先立つ。結果はついてくるものであってそれを目標にしてはいけない。だから日々の姿勢を磨け、と説いている。現役時代に受けていた期待の重さの日々が、その言葉の後ろに隠れているのだと思う」と解釈する。「かといって、『自分のために頑張れ』という言葉もない」。洪明甫監督は、プレッシャーに立ち向かえる内面を自分自身で作りなさい、と自発を促してきたのだ。

 「国を背負うということだけでなく、家族や指導者への恩返しの心や、『勝利は自分だけのものじゃない』という気持ち。そういったものは日本と明らかに異なる。今回のチームも選手が緊迫感を内面から作り、苦難を乗り越えられたのは大きい」

 周囲の過度ともいえる期待を真正面から受け止め、自己の中に消化してしまう強固さ。それを選手が身にまとったのが、オマーン戦だった。韓国サッカーにとっては単に五輪出場の歴史をつなげただけではなく、カリスマたちの経験という財産が若い世代に受け継がれた試合でもあり、池田コーチはその一翼を担ったのだった。(中小路徹)

 ※韓国サッカーでフィジカルコーチを務める池田誠剛コーチと、FCソウルの菅野淳コーチを取り上げて、昨年に連載した「海峡を結ぶフィジコたち」の続編です。

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