馬術を始めて障害を負うまでの35年間、ずっと馬は足で乗るものだと思っていた。足の動きで馬に指示を出し、足で馬の気持ちを感じる。しかし、その足の感覚を失った。馬と心を通わせる別の手段を発見することは、馬術の新しい魅力を教えてくれる。
3歳で馬にほれ込んだ。「馬を買う」と宣言し、貯金を始めたのが一番古い記憶だ。理由は覚えてない。ただ、馬が好きだった。
高校卒業後、地方競馬の厩務(きゅうむ)員を経て馬術選手に。50歳で手作りの乗馬クラブを開こうとしたが、完成間近にバイク事故に遭った。
北京パラリンピックで障害者の馬場馬術(パラドレッサージュ)を視察し、再起を誓った。無理だという医師の言葉をはねのけた。
胸から下、足や腹には力が入らず、初めは馬が動けばひっくり返った。そこで中央に取っ手を付けた鞍(くら)を特注し、左手で握り体を支えた。右手だけで使えるよう手綱とムチも改良し、障害者の競技では認められている「声」で指示を出す。
健常者としての競技経験が豊富だからこそ、歯がゆさを感じることは多い。でも、「馬はまたがった人の実力分だけ動く」。2頭の愛馬を信じ、気持ちを一つに大舞台に挑む。(斉藤寛子)
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あさかわ・のぶまさ 1955年8月8日、埼玉県生まれ、静岡市在住。中3で乗馬を始め、障害飛越で国内トップクラスの成績を残し、2003年に静岡乗馬クラブを開く。05年にバイク事故で脊髄(せきずい)を損傷した。
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