アンドレアシェニエを、アクシデントが襲ったのは1周目の直線だった。
1日の金沢競馬第6レース。異常を感じた服部大地騎手がすぐに走るのをやめさせたが、右前脚の骨折は症状が重く、やむなく安楽死の処分がとられた。
2001年生まれの牡(おす)11歳。アンドレアシェニエはオグリキャップを父に持つ競走馬として最後まで現役を続けていることで有名だった。04年10月に宇都宮競馬場でデビューし、中央競馬と金沢競馬を行き来しながら、通算83戦14勝の成績を残した。
「芦毛(あしげ)の怪物」と呼ばれ、競馬ブームを起こしたオグリキャップだったが、種牡馬(しゅぼば)としては成功しなかった。
91年から種付けを始め、10年7月に死ぬまで340頭あまりの産駒(さんく)を送り出した。アラマサキャップやオグリワンが惜しいところまでいったが、中央競馬の重賞勝ち馬はついに1頭も出なかった。
不運だったのは超大物と種牡馬生活が重なったことだ。たった1頭で日本の競馬を変えたサンデーサイレンスが種牡馬としての同期生だった。いかにオグリキャップでも相手が悪すぎた。