現在位置:asahi.com>スポーツ>サッカー>さいたまシティカップ2007> 記事

攻守多彩 魅惑のマンチェスターU

2007年05月26日17時56分

 サッカーのイングランド・プレミアリーグで4季ぶり16度目の優勝を飾ったマンチェスター・ユナイテッドが7月17日、埼玉スタジアムである「さいたまシティカップ2007」(朝日新聞社など主催、AIGグループ特別協賛)でJ1王者の浦和と対戦する。ロナルド、ルーニーら若きスターを擁し、世界一ともいわれるビッグクラブを紹介する。

写真プレミアリーグの優勝トロフィーを掲げるマンチェスター・ユナイテッドの選手たち=ロイター
写真攻撃の中心を担ったロナルド(左から3人目)とルーニー(右)=ロイター
表マンチェスター・ユナイテッドの今季リーグ戦の全成績
写真アカデミーの施設の中にある人工芝の屋内練習場=マンチェスターで、永川智子氏撮影

●世代融合、切り裂く攻撃力

 充実した06〜07年シーズンを過ごした。総得点は2位チェルシーを19点上回る83点。失点はリーグで2番目に少ない27点。攻守にバランスが取れたチームは、王者にふさわしい力を発揮した。

 優勝の要因はいくつかある。一つは若手、中堅、ベテランがうまく融合したこと。22歳のMFロナルド、21歳のFWルーニーらを、ともに30代のギグス、スコールズの両MFが支えた。20代半ばの左DFエブラ、DFビディッチ、移籍してきたMFキャリックも活躍。開幕前、地味な補強に終わり、選手層に不安があったが、常に安定感があった。G・ネビルは「昨年までの3年間はまとまりがなかった。今年は優勝に値する」という。

 主力に故障者が少なかったことも大きい。途中でFWサアが離脱したが、期限付き移籍で獲得していた元スウェーデン代表FWラーションの活躍で乗り切った。

 何と言っても、魅力は平均得点が2点を超える攻撃だ。特にロナルドが17点、ルーニーが14点を決め、若手2人がチームに活力を与えた。負け数では2位チェルシーの3敗に対して5敗と多いが、引き分けが多かった宿敵とは違い、勝ちきる強さがあった。追走したチェルシーとの違いは攻めきる攻撃力だった。

 86年に監督に就任し、21季目の指揮を執ったファーガソン監督の手腕も鈍ってはいなかった。若手育成にたける65歳の老将が若手をうまく使いながらかじを取り、チームを成長させた。「選手たちはまだ若い。多くが初めて優勝を手にした。優勝の経験が彼らにさらに自信を与えるだろう」と語る。黄金時代の再来を予感させるシーズンだった。

●22歳ロナルド 鋭さ抜群

 得点ランク3位の17得点。自身初のプレミア優勝となったC・ロナルドは、その立役者だった。「素晴らしいシーズンだった」。充実した1年を振り返る22歳は、プロ選手協会と記者協会の年間最優秀選手に選出され、ヤングプレーヤー・オブ・ザ・イヤーにも輝いた。

 ポルトガルのマディラ島出身。名門スポルティング・リスボンで17歳のときにプロデビュー。1年後の03年にマンUに移籍。ベッカムの背番号7を引き継いだ。

 巧みなフェイント、切れ味鋭いドリブルを生かし、1年目からコンスタントに活躍した。トレーナーのクレッグ氏は「ロナルドは最初から練習に真剣に取り組んでいた。ここに来てから体が大きくなった」と話す。

 ポルトガル代表にデビューしたのもマンUに移籍した03年。04年、母国で開かれた欧州選手権では準優勝に貢献。世代交代の渦中にあった代表で攻撃の中核を担った。

 昨夏、W杯ドイツ大会準々決勝のイングランド―ポルトガル戦で、同僚のルーニーが退場になるきっかけの一つを作った。シミュレーションもほめられた行為ではないが、そんな「悪童」ぶりもロナルドらしさだ。

 4月にマンUとの契約を12年まで延長した。移籍のうわさは絶えず、クラブも引き留めるのに必死だ。「次もこの調子でいきたい」。欧州でもトップレベルに立つドリブルは一見の価値がある。

●「黄金時代」背景に若手育成

 マンチェスター中心部から車で40分近く。牧草地に囲まれた広大な土地に12面のピッチが広がる。マンUのトレーニングセンターだ。

 かつては市内の別の場所に練習場があったが、約40ヘクタールの土地を購入し、練習場を移転。00年にクラブハウスが建設され、02年には9歳から16歳の選手を育成する下部組織の「アカデミー」の施設が完成した。総工費2500万ポンド(約59億8000万円)の大事業だった。

 特筆すべきは、施設の多くがアカデミーのためにあることだ。トップチームが基本的に使用するのは芝の2面とクラブハウス。残りは150人のアカデミーの選手が使う。アカデミー用の施設の中には12の更衣室、医療室のほか、屋内外に人工芝のピッチを備える。将来を担う選手発掘と育成に力を注ぐクラブの姿勢が表れている。

 アカデミーには長い歴史がある。60年代に黄金時代を築いた元イングランド代表のボビー・チャールトン氏や北アイルランド出身のジョージ・ベスト氏もアカデミー出身だ。

 70年代の低迷から復活できたのも、地道な選手育成を進めたからだ。86年に就任したファーガソン監督は若手育成に力を入れ、改革。アカデミーから育ったベッカム、スコールズ、ギグスらを擁し、再び黄金時代を築いた。

 以前は金の卵となる子供たちを全国からスカウトすることができた。現在は、クラブがある場所から90マイル(約144キロ)以内に限られる。リバプールやエバートンなどのクラブと競争することになるが、「いい施設を作ったことで、有利な立場にある」と施設管理責任者のスネル氏。遠方から来た子供たちはホームステイしながら通う。

 アカデミーの施設の対面には、ジム、プールなど近代的な設備を整えたクラブハウスがある。子供たちは目の前にあるトップチームの拠点を刺激と目標にして育っていく。

ここから広告です
広告終わり

PR情報

このページのトップに戻る