2005年04月04日11時13分のアサヒ・コム第77回選抜高校野球大会

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【愛知】名電、打撃戦制し決勝へ 2番手十亀、好救援

2005年04月04日

 第77回選抜高校野球大会(日本高校野球連盟、毎日新聞社主催)に出場中の愛工大名電は3日、準決勝で神戸国際大付(兵庫)と対戦。追いつ追われつの打撃戦を8―6で制し、2年連続の決勝進出を決めた。疲れが見えた主戦斉賀を十亀が好リリーフ。打線も7長打を含む11安打で援護した。名電は4日午後0時半から、悲願の初優勝をかけて神村学園(鹿児島)と対戦する。

     ◇

 「次から行くぞ」

 愛工大名電が再逆転した6回攻撃中、倉野光生監督は背番号10に声をかけた。二番手投手の十亀剣君。4試合目の登板で疲労が見える主戦斉賀洋平君を横目に、ブルペンで黙々と準備を続けていた。

 「やっと来た」

 公式戦登板は昨秋の明治神宮大会決勝で3分の1回を投げて以来。甲子園はもちろん初登板だ。「気合!気合!」。倉野監督にポンと背中をたたかれて6回裏のマウンドに向かった。

 しかし、先頭打者にいきなり四球。「やばい」。思いっきり投げようと気負いすぎて、球が抜けていた。救ったのは野手だった。

 無死一塁から三塁前のバントを堂上直倫君が二塁で封殺してくれた。「助かった」。これで地に足がついた。その後の1死満塁の危機では、相手の3番打者をスライダーで空振り三振。続く4番打者にはカウント2―3まで粘られたが、「打たせれば仲間が守ってくれる」と開き直り、スライダーで左飛に打ちとった。

 6回を無失点で切り抜け、小走りでベンチに戻ると、「顔が硬いぞ、もっと笑え」と倉野監督。仲間も笑顔で迎えてくれた。

 入学当時は上投げだったが、制球難から横投げに転向し、安定感が増した。140キロの直球と、スライダーの切れで勝負するタイプ。昨秋から背番号10を背負うが、常に一歩前に同学年の斉賀君がいた。

 斉賀君が昨春の選抜決勝で先発する姿もスタンドで見守った。「いつかは追い越してやる」。この思いは消えたことはない。しかし、チームメートは十亀君の力を十二分に知っている。捕手の井坂遼輔君も「うちは二枚看板」と言い切る。

 7回は自己最速を更新する142キロを出すなど快調に飛ばした。一塁の守備に回った斉賀君も「打たせていけ」と声をかけ続けた。8回も三者凡退。毎朝、春日井市のグラウンドから名古屋市千種区の学校まで13キロ走って鍛えた下半身と、しなるような腕のバランスがよく、制球が定まっていた。

 9回には内野安打や失策で1点を失ったものの最後の打者を直球で二飛に打ち取って試合終了。マウンド上で右手人さし指を突き上げた。「あと、1勝」の思いを込めたつもりだ。

 「先発もやってみたい」。決勝を前に頼もしい「看板」がそろった。

     ◇

 愛工大名電の2番、柴田亮輔君は勝ち越し打と逆転された後の同点打を放ち、4打点の大活躍。ともに外野フェンス際まで大きな弧を描く三塁打だった。

 走塁やバントなど、柴田君の得意は小技。2回戦の宇部商戦では内野手のスキをついて内野ゴロの間に三塁から本塁を陥れた。

 しかし、この日の第1打席に得意のバントを失敗。自分も生きようと欲が出て、バットの芯に当てられなかった。悔しさが残った。

 2死二、三塁で回ってきた2回の次打席は勝ち越しの好機。2球目、変化球に体勢を崩して空振り。しかし、「球にキレはない」と感じた。次も変化球。待ちかまえてフルスイングした。打った瞬間に抜けたと分かる大飛球が、右中間に飛んでいった。

 逆転され2点を追う6回2死二、三塁には、高めの直球を思い切りたたいて同点に追いつく右越え三塁打。ベース上で右手を突き上げた。「前打席は3球三振で、相手投手にダメージを与えられなかった。悔しかったから思い切り振った」。責任感の強い2番打者は、常に自分を省みている。

    ◇

 準決勝で対戦した愛工大名電の倉野光生監督と神戸国際大付の青木尚龍監督は、愛知工業大学野球部の先輩と後輩。大学在学の時期は重なっていないが、青木監督が指導者となった92年ごろからは練習試合をしたり、一緒に食事をしたり、親しい間柄だ。準決勝の試合前も「勝った方が必ず優勝しよう」と約束を交わした。

 「試合中も、こちらの作戦は読まれているとずっと考えていた」と倉野監督。相手の裏をかくことは考えず、これまで通りの作戦を貫き、2年連続の決勝進出を果たした。

 両監督が大学時代を過ごした愛工大の合宿所は、愛知万博(愛・地球博)の会場のすぐ近く。倉野監督は「全国から注目されている場所で汗を流した2人が、同じく注目される甲子園で対戦できたのも何かの縁だろう。青木監督はチームをここまで強くするため頑張っていた」と語った。

 青木監督も「やはり名電はよく鍛えられていた」と、先輩が育てたチームをたたえた。


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