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ジーコジャパンの1年半は何だったのか。そんな疑問を抱いたサッカーファンも多かっただろう。
18日に埼玉スタジアムであった06年ワールドカップ(W杯)アジア1次予選のオマーン戦。3大会連続出場を目指す日本は、攻撃に連係を欠き、終了直前に1点を奪う薄氷の勝利だった。
しかし、ジーコ監督の指導力に疑問符を付けるのは、まだ早い。日本サッカーを飛躍させるための方向性にはうなずけるものがあるからだ。
一昨年8月の就任以来、ジーコ監督は、鮮明な色を出してきた。細かい戦術は授けず、選手同士の判断を最優先するサッカーだ。
世界と渡り合うために、個人の力のなさを組織力で補う――これが日本サッカー界のこれまでの考え方だった。日本がW杯に初出場した98年フランス大会、トルシエ監督で決勝トーナメント(16強)へ進出した02年日韓大会もそうだった。
だが、それでは限界がある。個人の打開力を大事にし、自由にやらせてチーム力を上げていくのがジーコ監督の考えだ。現役時代、創造力あふれるプレーでファンを魅了した彼らしい方針とも言える。
「パターン化されたプレーは、世界では1度は通用しても2度は成功しない。だから、選手はクリエートしなければいけない」。「日本の特性は集団性だが、それでW杯で十分な実績を収めたわけではない」
ジーコ監督の言葉は、日本に欠けているものを言い当てている。W杯で、今度はベスト8やベスト4に進むサッカーをやろうと言っているのである。
練習は紅白戦が多い。メンバーも固定。監督があれこれ言わず、選手が互いの意図を皮膚感覚でわかり合うことで組織に仕立てようとしている。日本が7試合連続で無失点なのは、それによって守備組織ができてきたことの表れだ。
ジーコ監督は中田英(イタリア・ボローニャ)ら欧州の選手を重用もする。個人技量を優先するからだ。ただ、オマーン戦で苦戦した原因は、欧州組を重視しすぎたことだろう。所属チームで試合に出ていない選手が多く、体の切れが悪かった。一緒に練習する時間も少なかった。
国内組にも個人技の高い選手はいる。1月から合宿を続け、連係もできつつあった。途中出場した久保(横浜)や小笠原(鹿島)を先発で使う手もあった。
94年、98年も、日本の1次予選初戦は1−0だった。ジーコ監督はもともと時間がかかることをしようとしているのだ。欧州勢を含めた攻めの連係を作る過程ととらえれば、オマーン戦は悪くない結果だった。(中小路徹)
(04/02/23)
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