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五輪最終予選を戦っている23歳以下のサッカー日本代表。このチームを引っ張るのが、異なるタイプの2人のストライカー、平山相太選手(18)と田中達也選手(21)だ。身長差は23センチ。「凸凹コンビ」の活躍で、アテネへの扉を開けるか。出場をかけた試合が、14日から日本で始まる。
平山選手は190センチの長身。高校選手権で2年連続の得点王となった。「日本一有名な高校生」ともいわれ、1月から代表チームに合流。多くの選手が日替わりで試されてきた攻撃陣に、田中選手との「名コンビ」が誕生した。14日の試合は平山選手が体調不良のため先発から外れる見通しだが、アラブ首長国連邦(UAE)での3試合はそろって先発した。
「平山の高さを生かしたい。連携も、もっと伸ばせる」と、3歳上の田中選手。「田中さんが合わせてくれている」と平山選手も応じる。
平山選手は2歳上の兄をまねて、小学生からサッカーを始めた。夢は初めからプロ選手だった。
中学3年の職場体験学習のとき。60以上もある研修先から希望の場所を選べなかった。病院、ファストフード店、工場……。「体験したい仕事はこの中にない」と言い切った。結局、希望者の少ない研修先に行った。
勉強の成績はよかった。中学時代の担任、辻井美恵教諭(36)は「ガリ勉ではないけれど集中力がすごい。数学はだいたい100点だった」。県立進学校を望む家族を1カ月かけて説得し、「自分を鍛えたい」と長崎・国見高へ進んだという。
島原半島にある国見町は人口1万2000人。雲仙岳と有明海の間に広がる半農半漁の町だ。
国見高の前を通る国道は、雲仙岳のふもとまで緩やかな上りが続く。サッカー部員はここを往復約12キロ走るのが日課だ。
自然に囲まれた3年間。UAEから戻った8日、1人遅れて卒業証書を受け取り、サッカー部総監督でもある小嶺忠敏校長(58)から「より高い理想へ向け、精進してほしい」と激励された。
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一方、UAEでの3試合で2得点3アシストと活躍した田中選手を育てたのは、狭いグラウンドだ。
コンビナートの町、山口県徳山市(現・周南市)で生まれた。高台の小学校から見える風景は、瀬戸内海沿岸に立ち並ぶ煙突群だ。
小学校当時から田中選手を知る徳山サッカー協会の山縣恒夫さん(50)は「本当にサッカー小僧。いつも自転車の前かごにボールを入れて走っていた」と振り返る。
東京の名門、帝京高へ。サッカー場一面に満たない縦横約80メートルのグラウンドを、野球部と併用している。
167センチ。全国から集まった約30人の新入部員は、みな体格がよかった。「自分は持ち味のドリブルを磨くしかない」。午後6時の練習が終わると、グラウンドで居残り練習を続け、下宿に戻るのは毎晩10時ごろだった。
古沼貞雄監督(64)が「こんなに小さくて大丈夫かな」と心配した1年生は、秋にはレギュラーの座を得た。「頭の回転がよく、他の子にはないひらめきがあった。私は何も指導していないよ」
食事などの面倒をみた大家の大口啓子さん(48)は、UAEで行われた予選の中継に見入った。
「かわいい顔つきの子だったのが、いつの間にか大人びた。今が一番成長している時なのかもしれませんね」
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〈平山相太 ひらやまそうた(18歳)〉
身長・体重 190cm、81kg
出身地 福岡県北九州市
経歴 北九州市立田原中→長崎・国見中、国見高→筑波大(4月から)
家族 両親、兄
〈田中達也 たなかたつや(21歳)〉
身長・体重 167cm、63kg
出身地 山口県徳山市(現・周南市)
経歴 徳山市立周陽中→東京・帝京高→Jリーグ・浦和レッズ
家族 妻
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〈サッカー・アテネ五輪アジア最終予選〉12チームを4チームずつ3組に分け、各組1位が出場権を得る。日本はバーレーン、レバノン、アラブ首長国連邦(UAE)と同組。3月1日からのUAEでの3試合を日本は2勝1分けの首位で通過。14日から日本で1日おきに3試合を戦い、出場チームが決まる。
(04/03/14)
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