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坂のドラマ 最後まで 東京国際女子マラソン

2008年11月17日13時19分

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 東京のコースの名物である「最後の坂」。36キロ付近から始まり、39キロまで約3キロで25メートルほど駆け上がるこの上り坂は、コース変更で83年から走るようになり、数々のドラマの舞台となった。大会の幕を閉じる今年もまた優勝候補筆頭の渋井が失速。尾崎の逆転劇を生んだ。

 大会前の記者会見で尾崎は「富士山みたいな坂だと想像していた」と冗談交じりに話した。「でも試走してみて、こんなもんかと思えた」。山下佐知子監督は心理面も大きいと話す。「大したことないと選手に思わせるようにしてます。実際、本当にきつい上りの部分は数百メートルなんです」

 ただ、いったんスタミナ切れを起こした選手にはきつさが一気に襲いかかり、減速が増幅される。この日の渋井も坂の手前でスピードが鈍り始めた。03年にはスタートから記録を狙って飛ばした高橋尚子が、最後は歩くように坂をのぼって2位に。結局、アテネ五輪代表を逃した。

 95年、アトランタ五輪代表選考会の時には38キロ手前でハプニングがあった。先頭集団で接触があり、3人が転倒した。そのうちの1人、浅利純子は60メートル差をあきらめずに追い、逆転して五輪代表をつかんだ。そのときに負ったひじの傷跡は今も残っている。

 このコースを使うマラソンは、この日を最後に消えた。もう「坂のドラマ」を見ることもない。(酒瀬川亮介)

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東京のコースの名物である「最後の坂」。コース変更で83年から走るようになり、数々のドラマの舞台となった。

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