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女性監督 お立ち台 最後の優勝者育てた元トップランナー

2008年11月17日13時39分

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写真拡大優勝した尾崎好美(右)と笑顔で抱き合う山下佐知子監督=16日、東京・国立競技場、小玉重隆撮影

 16日に開かれた東京国際女子マラソンは日本人が4連覇、しかも陸上界で数少ない女性指導者の教え子だった。五輪の正式種目でもなかった1979年に始まった大会は、日本の女子マラソン界の充実ぶりを示して30年の歴史に幕を下ろした。

 レース後、師弟は笑顔で顔を見合わせた。優勝した尾崎好美(27)が感謝の言葉を述べると、第一生命の山下佐知子監督(44)は「一緒にお立ち台に乗せてくれてありがとう」とおどけた。

 山下監督も92年のバルセロナ五輪4位のトップランナーだった。今回とほぼ同じコースだった91年世界選手権では2位。36〜39キロの上り坂では、次々と集団から選手が脱落するサバイバルレースを自ら経験した。今回は、「ひざをもっと高く上げて」「そんなに体を倒したら進まないよ」などと攻略法を教えたという。

 東京国際女子第5回優勝の佐々木(現姓永田)七恵さんの走りを見て、思いをかきたてられたのが鳥取大在学中。一度は教壇に立ったが思いは捨てられず、職を辞してマラソンの世界に飛び込んだ。

 監督となった翌97年の19回大会では教え子が優勝。尾崎が2人目の優勝者となり、「歴史ある大会の最後をこういうふうに飾れたことで、この世界で頑張りたいという思いがまた強くなった」と言葉に力がこもった。

 一方、序盤から独走した渋井陽子(29)は上り坂で尾崎に距離を詰められ、38キロ付近で追い抜かれた。渋井は第1回大会があった79年生まれだ。4位入賞のメダルをかけられると涙を流した。「このコースでもう一度走りたかった」

 03年の25回大会では、シドニー五輪金の高橋尚子さん(36)が終盤の坂で失速。アテネ五輪代表を逃す結果につながった。今回が解説者デビューとなった高橋さんは「渋井さんには、自分の走りとシンクロして苦しい気持ちになった」

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