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世界陸上競技選手権大阪大会

土佐「銅」 39キロから2人抜き 北京へ脅威の粘り

2007年09月03日11時35分

 苦しくて、苦しくて。口元が激しくゆがむほどに。サングラスの奥の目から涙がこぼれるほどに。それでも土佐はゴールを目指す。

写真39キロ付近で周(1)、ヌデレバ(12)を追う土佐=代表撮影

 39キロ手前でヌデレバらケニア勢2人と中国勢2人から15メートルほど後れをとった。「離れても辛抱。まだ何があるかわからない」。シティエネイをとらえ、40キロすぎに朱をかわしてついに3位に。腕振りは横にぶれ、あごがあがる。それでも足は元気に前に出た。

 「中国選手(朱)の背中が見えたので、落ちてこいって後ろから呪ってました」と冗談めかして言った。その“執念深さ”はたいしたもので、3位に上がってもさらに前にいる周に対して「落ちてこい、と呪ってました」。後ろは絶対に振り向かない。

 前半からレースを支配したこともメダルにつながった。「自分のリズムと積極性を失わないように、と」。集団に包み込まれると、細かいペースの上げ下げに対応しているうちに脚力を失う。ならばと自分で引っ張って、自分のペースに巻き込んだ。

 レースまで40日を切った7月27日。合宿先の中国・昆明でつまずき、左ひざを強打した。走れずに25メートルプールで3時間も歩行する日々。直前の合宿でもロードで走ると痛みが出た。刺激を与える5000メートルのタイムトライアルでは過去最低のタイムだったという。

 それでもレース中の土佐は「(練習ができなくて)かえって疲れが残っていないぞ、と思い込んだ。だからもっとスピードを出せるぞって」。右手を挙げてゴールしたら、北京行きの切符があった。

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