現在位置:asahi.com>スポーツ>一般スポーツ>世界陸上競技選手権大阪大会> 記事 ![]() 競う。磨く。光る。 日本代表「黄金世代」5人2007年08月05日17時56分 陸上の第11回世界選手権(8月25日開幕、大阪・長居陸上競技場)に出場する日本代表の陣容が、ほぼ固まった。マラソンを除く一般種目では男女合わせて62人。第3回の東京大会(91年)以来16年ぶりの日本開催となる今大会には、日本選手団の中心を担う「黄金世代」がいる。7月6日で開幕50日前を迎える世界の祭典で、さらなる飛躍が期待されている。
◇ 好敵手の存在が、アスリートの能力を引き出し、高める。スポーツ界では、ひとつの世代にタレントが集中することがある。 200メートルの末続慎吾、110メートル障害の内藤真人、走り高跳びの醍醐直幸、棒高跳びの沢野大地、そして走り幅跳びの池田久美子。同世代の彼らは高校時代から総体など同じ舞台で戦ってきた。学年でいえば、大リーグ・レッドソックスの松坂大輔(80年9月13日生まれ)と同じ。野球界で好選手が多く輩出している「松坂世代」が、陸上界にも存在する。 末続(80年6月2日)は言う。「アイツが頑張っているから、オレも、と同世代の話題は刺激になる。好選手が集まったのはたまたま。負けず嫌いが多いからかな」 池田(81年1月10日)は小学生のころから「天才少女」と呼ばれた。小学6年の全国大会では走り幅跳びで優勝。この時の記録は、同じ大会に出ていた末続を上回った。池田はその後、山形・酒田三中時代に全日本中学校選手権で3連覇を飾る。日本選手権には中学2年生で出場している。 高校総体で輝いたのは沢野(80年9月16日)だ。千葉・成田高2、3年と連覇した。翌年、日大に進み、1年生で日本選手権制覇。この5人の中で最初に日本王者になった。五輪出場は00年シドニー大会の末続、日本新記録の達成は内藤(80年7月31日)が、5人の中でそれぞれ一番乗りを果たしている。 1人の選手の、まばゆい燃焼の炎が、他の選手に飛び火する。5人は意識せずとも、代わる代わる先頭争いをしてきた。 「みんなの中で自分が一番注目されていないかな」と醍醐(81年1月18日)は言う。東海大卒業後、就職先が見つからず悩んでいた03年、末続が世界選手権の200メートルで銅メダルを獲得したのをテレビで見た。「大学で同じゼミだった末続の活躍に感動した。何やってもうまくいかない時期もあったが、あの時は自分もやらなきゃなと思った」。醍醐は昨年、日本記録を樹立した。「この世代の中心に自分がいたい、と今は思う」 前回の05年ヘルシンキ世界選手権には全員が出場し、昨年のドーハ・アジア大会では全員がメダルを獲得。現在、内藤を除く4人が日本記録を持っている。04年に日本記録保持者の称号を失った内藤は「僕も再びみんなの輪に加われるように頑張る」と雪辱を期す。 「みんなで引っ張り合い、刺激し合って。同志が結果を出したらうれしい半面、こっちも頑張らなくちゃという気持ちになる」。そう言う沢野が、今年、池田に強く伝えたことがある。「世界選手権も大事だけど、今年はワールド・ファイナル出場を目指せ」。9月の「ファイナル」はそれまでのグランプリ大会の成績などをポイント化し、世界で8人が出場できる格別な大会。沢野は昨年、「ファイナル」に5人の中で初めて出場し、6位になった。 確かに池田は今年の目標の一つに「ファイナルの出場」をあげている。その池田は仲間をこんな風に見ている。「やんちゃな末続が最近、陸上界全体を考え出すなど大人になった。沢野君はクール。内藤君はちょっとなよなよしていて女友達みたい。醍醐は不思議キャラ。それぞれいろんな性格で楽しい」 「松坂以外にも、大相撲の朝青龍やバスケットの田臥勇太も同じ世代なんですよ」という池田は、指導を仰ぐ福島大の川本和久監督に「なぜ80年生まれにスポーツ選手が集まっているのか」と尋ねたことがある。 その時、川本監督はこう答えた、という。「モスクワ五輪をボイコットして出場できなかった選手の怨念(おんねん)が、選手に注ぎこまれているから強いんだ」。80年5月、ソ連がアフガニスタンに侵攻したことに抗議し、日本は五輪をボイコットした。そんな時代に5人は生を受けた。 もう1人、忘れてはならない選手がいる。 昨年8月に虫垂がんで亡くなった砲丸投げの日本記録保持者、森千夏さん。彼女も5人と同世代で、池田とは中学時代に競技会で知り合い、ともに03年、スズキに入社した。日本新記録を出したのは00年で、実は同世代の中では一番早い。 「森ちゃんの分まで」。一周忌を迎える今夏、5人は大阪・長居を舞台に熱く舞う。 |