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アテネ五輪出場の夢を逃した柔道家が、プロ格闘家として生まれ変わる。柔道81キロ級元日本代表の秋山成勲(29)だ。小川直也、吉田秀彦――。世界を制した先駆者に続き、戦いの舞台を畳の道場から四角いリングへ。今年の大みそか、「K−1 Dynamite!!」(大阪ドーム)でデビュー戦に挑む。
大阪府東大阪市の近大柔道場。柔道部の岡田龍司監督の声が響き渡る。後輩がけいこに励む母校の道場で秋山は今、トレーニングを続けている。
短い銀髪に日焼けした顔。左胸に日の丸がつけられた青い柔道着の胸元からは隆々たる見事な上半身の筋肉がのぞく。寝技、足技――。確認するかのように、後輩と真剣に組み合う。「総合格闘技では寝技は重要。人を投げる力はウエートトレーニングではつけられない。柔道の練習が必要なんです」と秋山。
4月の全日本選抜体重別選手権(福岡)。準決勝で塘内将彦に敗れ、アテネ五輪への夢がついえた。「まだ日本代表をとる自信はあるが、新しい闘志がわかなかった。格闘技を目指す一つのきっかけになった」
大外刈り、内また、さらに中量級では珍しく、ともえ投げも得意技。アテネ五輪の斉藤仁・日本男子監督が「体のバランスが抜群」と絶賛した身体能力。全身バネのような体だ。だが「外国勢に研究されても同じ柔道を続けてしまった」(斉藤監督)。一本気な性格が柔道の世界で頂点に立つことを阻んだか。
現在は、パンチやキックなどの打撃練習にも余念がない。「現役だから順応性という意味では自信がある」と秋山。K−1の角田信朗競技統括プロデューサーは「アマチュアの世界では納まらなかった男。あとはリングで強さを証明するだけ」と秋山を見る。
秋山は「多くの人のお世話になって柔道をさせてもらった。プロになることに賛否はあるが、自分は少しでも柔道を広め、強さを伝えたい。それが恩返しになる」。
秋山のデビュー戦の相手は未定。だが、一つだけ決まっている。根っからの柔道家・秋山は柔道着に身を包み、リングに上がる。
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あきやま・よしひろ 75年、大阪市生まれ。在日韓国人として育ち、近大卒業後は韓国・釜山に渡り、98年から約3年間、韓国代表としても活躍。01年9月に日本国籍を取得後、02年釜山アジア大会を制するなど81キロ級日本代表の第一人者となったが、アテネ五輪への出場を逃した。04年10月、プロ格闘家への転向を表明。177センチ、81キロ。
(11/15 10:31)
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