現在位置:asahi.com>スポーツ>一般スポーツ>国内> 記事 野口V、仲間に恩返し 失業保険・自炊生活…苦楽ともに2007年11月19日09時55分 アテネの女王が北京に向けて再び名乗りを上げた。18日の東京国際女子マラソン(朝日新聞社など主催)で、アテネ五輪金メダリストの野口みずき選手(29)が圧倒的な強さを見せつけ、大会新記録で優勝。北京五輪代表の切符を確実にした。晩秋の青空の下、かつてのチームメートらも沿道から声援を送った。
笑顔でゴールした野口選手は、支えてくれた指導者たちと真っ先に喜びを分かち合った。10年以上指導を受ける藤田信之監督と抱き合い、海外合宿でもマンツーマンで練習を見てくれる広瀬永和コーチとは握手を交わした。 勝者の証しである月桂冠(げっけいかん)をかぶると、「大会記録更新を狙っていた。北京の道を開くことができてうれしい」と勝利をたたえる観客席に応えた。 その大歓声の中にいたのは、かつて同じチームで苦楽をともにした徳島県鳴門市の尾池(旧姓・田村)育子さん(29)と、東京都葛飾区の黒田(同・加岳井)ひとみさん(29)。98年、解任された藤田監督を追う形で、実業団を飛び出した仲間だ。 トレーニングルームやプールが完備され、寮生活で食事の心配もいらなかった生活が一変。コーチが住んでいた京都市内の団地に部屋を借り、食事は交代で作った。失業保険をもらいながら、公営体育館でトレーニング。3人で自転車を買いに行き、「まとめて買うから」と値切ったこともある。「チーム・ハローワーク」。いつからかそんな名前で呼ばれるようになった。 食事や練習用具の差し入れのありがたさが身にしみた。「色んな人に支えられて、走れるんだと気づいた。ずっと恵まれた環境にいたら、分からなかった。恩返しするには結果を出そうって。再出発の原点だった」。今は陸上を離れた尾池さんはそう振り返る。 2人は電車を乗り継ぎ、コース沿いを回って応援。野口選手とほぼ同時に競技場に戻った。「前半は競り合いで、自分のレースより緊張した。本当に良かった。風もあって暑かったのに、このタイムはすごい」と喜んだ。 「みずきーっ」 表彰台の一番高いところに立った野口選手に声をかけると、笑顔とピースサインが返ってきた。 黒田さんは銭湯で野口選手と話したことを思い出す。「30歳になったら、3人で温泉でも行こうねって。でも、来年は温泉に行ってる場合じゃないですね」。記念の温泉旅行は、五輪応援ツアーに変わりそうだ。 PR情報 |