2005年08月15日22時12分のアサヒ・コム
	このサイトの使い方へ検索へジャンプメインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

 » asahi.comツールバー: 検索機能がアップ

  

 » 遣唐使展: 東京国立博物館で開催中

メインメニューをとばして、本文エリアへ朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe

ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ >スポーツ > W杯2006

サッカー 日本代表の源流

無名選手の夢 「プロへ」中沢魂のヘッド

2005年08月15日

写真

無名の存在から日本代表にのし上がった中沢佑二=上田潤撮影

 7日に韓国・大邱で行われたサッカー東アジア選手権の韓国戦。日本代表のジーコ監督が来年のワールドカップ(W杯)ドイツ大会へ向け若手を試した中、決勝点を挙げたのはDF(ディフェンダー)の中沢佑二(27=横浜Fマリノス)だった。

 ヘディングと競り合いの強さ。大事な場面での得点力。今の日本の要の一人だ。

 「ふざけた野郎がいる」

 埼玉県立三郷工技高サッカー部を率いていた村田義昭監督(48=現春日部東高)が、新入生の面接試験を担当した同僚の教師から聞かされたのは、93年冬だった。

 地区大会も勝ち抜けない中学生が、「ここの卒業生として初のJリーガーになります」と言い放ったという。

 「中沢。知らねえな、そんな選手」。同僚との会話はそこで終わった。

 埼玉県の強豪だった三郷工技高の部員は100人を超えた。村田監督は1年生の中沢を全く覚えていない。

 転機は2年時の練習試合。DFにけが人が出た。コーチが「こつこつ練習している」と中沢を連れてきた。色黒で細身。目だけがギラギラ光っていた。上手ではなかったが、相手に食らいつく姿勢に必死さがみえた。それからレギュラーに定着した。

 「プロになる」。中沢は言い続けた。3年の夏。1カ月間、ブラジルのFCアメリカに留学する機会があった。1年生に本場のサッカーを経験させるため、村田監督が他校の監督と作ったプログラムだった。中沢は「行かせてほしい」と熱望した。

 そこでFCアメリカ関係者の目にとまり、「また来なさい」と言われた。高校は、全国大会出場も埼玉県選抜入りも果たせず卒業。大学の推薦入学には目もくれず、ブラジルへ渡った。

 FCアメリカのユースチームで月々5000円の支給を受け、プロ契約を目指す日々。しかし1年後に解雇された。

 夢は捨てなかった。朝、夕と三郷工技高に通い、後輩たちと練習した。村田監督もJリーグスカウトに「見るだけでいいから」と電話をかけまくった。「そういう話、多いんだよ」と、返事はつれなかった。

 チャンスは来た。98年、三郷工技高とヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)ユースとの練習試合。村田監督は中沢を最前線で起用し、「中沢にクロスボールを集めろ」と指示した。ヴ川崎より実力は劣り、勝機は中沢のヘディングしかない。中沢のアピールにもなると考えた。

 試合は1―0。中沢のヘディングが決勝点になった。手を伸ばしたゴールキーパーに競り勝つほどの高い打点。ヘディングはブラジルで磨きがかかっていた。

 試合後、ヴ川崎関係者に売り込んだ。「練習生で行ってもいいですか?」

 「君、何年生?」

 「実は、20歳なんですけど」

 返事は快諾だった。99年3月にJリーグ初出場。同年9月には初の日本代表戦出場と階段を駆け上がった。

 「プロ入りなんて、心の中では無理だと思っていた。でも、否定したくなかった。何が起こるかはわからない」と村田監督は振り返る。

 中沢が高校に入学した93年はJリーグが誕生した年。時は、日本サッカーの変革期だった。

 日本サッカー協会の田嶋幸三・技術委員長(47)は、今の代表選手たちが育った背景を、「最も多感な10代にJリーグという夢を持てるものができた。そして、『ドーハの悲劇』と呼ばれた93年のW杯予選はあと一歩まで行き、世界も見えた」と語る。

 プロと世界。サッカーが沸き立ち始めた時代の空気は、中沢のような無名選手の飽くなき夢をも後押ししたのだった。

    ◇

 W杯3大会連続出場を決めた日本。代表選手はどう育ってきたのか。源流をさかのぼってみる。


ここから広告です
広告終わり ここから広告です

PR情報

広告終わり

関連情報

サッカー 日本代表の源流

サッカー 日本代表の源流

[サッカー]
ジーコ監督語録

W杯出場を決めたジーコジャパン。02年の監督就任から現在までのジーコ語録を振り返る。

[サッカー]
写真で見るW杯への戦い

W杯2006へ向けて、「負けられない戦い」を続けた、日本代表の勇姿を写真で振り返ってみた。

[サッカー]
日本のW杯予選成績

W杯のアジア出場枠は、拡大されてきた。現在は、最大5チームが出場できる。

ここから検索メニュー

検索 使い方

検索メニュー終わり ここから広告です
広告終わり

朝日新聞サービス

ここから広告です
広告終わり
▲このページのトップに戻る

asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.