2005年08月29日12時15分のアサヒ・コム
	このサイトの使い方へ検索へジャンプメインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

 » asahi.comツールバー: 検索機能がアップ

  

 » 遣唐使展: 東京国立博物館で開催中

メインメニューをとばして、本文エリアへ朝日新聞社からアスパラクラブクラブA&A携帯サービスWeb朝日新聞サイトマップ文字拡大・音声

天気住まい就職・転職BOOK健康愛車教育サイエンスデジタルトラベル囲碁将棋社説コラムショッピングbe

ここから本文エリア現在位置asahi.comトップ >スポーツ > W杯2006

サッカー 日本代表の源流

ブラジルから 核になる選手、系譜脈々

2005年08月29日

写真

日本代表に欠かせない選手となった三都主アレサンドロ選手=上田潤撮影

 独特のリズムのドリブルと、鋭いカーブを描く左足のキック。見た目もブラジルから日本国籍を取得した選手とわかりやすい。

 韓国で開かれた東アジア選手権で、左ミッドフィールダーの三都主アレサンドロ(28=浦和レッズ)への声援は多かった。

 02年3月に初めて日本代表入りし、ワールドカップ(W杯)日韓大会にも出場。韓国ファンにも強い印象を残している。

 93年。高知・明徳義塾高の北村保夫・前監督(57)は、ブラジル・パラナ州にいた。サンパウロから飛行機で2時間ほど。マリンガというクラブチームの若手の練習試合をみていた。

 明徳は野球や相撲などが全国級の活躍をしていたが、サッカーは高知県のベスト8程度だった。「核になる選手をブラジルから連れてこよう」と探しにきていた。

 左サイドの選手がひときわ目立った。足が速く、左足のボール扱いが絶妙だった。フリーキック(FK)の曲がりも切れがあった。

 試合後、宿泊先で話をした。16歳でアレサンドロ・ドス・サントスと名乗った。中学校卒業後は高校に行かず、プロを目指していた。

 「日本に来ないか」と誘った。授業があり、練習は放課後だけ。全寮制で給料は出ない。グラウンドが芝ではなく土。環境の違いを説明し、「頑張れば、Jリーグから誘いがある」が殺し文句だった。

 三都主は目を見て聞いていた。北村前監督には手応えがあったが、30分後にやってきた両親が「そんな遠くに行かせられない」と反対した。

 翌日、三都主が来て、「行きます」と言った。母親は泣いていた。プロサッカー選手だった父親も複雑な表情だった。チームには移籍料1000ドル(約11万円)を渡した。

 三都主は明徳で大活躍した。相手ゴールキーパーがFKの曲がりについていけず、よく得点になった。砂浜でのランニングは常に先頭を走った。

 練習が休みになる試験期間も部屋を抜け出し、FKの練習をした。「絶対に全国大会に出て注目を集め、Jリーグに行く」という熱い思いを感じ、北村前監督は黙認した。Jリーグの試合日は監督部屋でテレビ観戦し、「ブラジル人は違うなあ」と、自らの将来を重ね合わせていた。

 寮の食事には困った。白いご飯とみそ汁が食べられず、朝食のパンを他の生徒からもらい、昼と夜に食べた。日本語での会話は、3年時には問題なくなっていた。

 3年間、全国大会に出られなかった。「ブラジルに帰るしかないのか」と悲嘆にくれる三都主に、北村前監督は練習を続けさせた。かつて静岡遠征をした時、清水エスパルスの関係者が注目していたからだ。

 96年秋。清水から練習参加の誘いがあった。三都主は自費で清水に向かった。月々2万円ずつ支給された奨学金を使わずにためていた。97年に清水でデビュー。99年にはJリーグ最優秀選手に輝いた。01年11月、「ブラジル代表には呼ばれそうにない。日本代表でW杯を目指したい」と、日本国籍を取った。

 「三都主にはハングリー精神があった。でも、街から遠く、遊ぶところもない寮住まいだったから今があると思う」。教職を退いた北村前監督は振り返る。

 「1000円で食べ放題の焼き肉屋に時々行くのが楽しみな生活だった。全国には他にもブラジル人留学生はいるが、放っておくと脱線する例をたくさん聞いた」

 02年W杯前、明徳を訪れた三都主の母親に北村前監督は「明徳に来て良かったでしょ?」と聞いた。かつて涙の別れをした母親は「ありがとう」と抱きついてきた。

 ネルソン吉村、小林ジョージ、与那城ジョージ、ラモス瑠偉、呂比須ワグナー。ブラジル出身の日本代表は三都主が6人目になる。昨年のアテネ五輪(23歳以下)にも田中マルクス闘莉王(浦和)が出た。ブラジルの系譜は続いている。


ここから広告です
広告終わり ここから広告です

PR情報

広告終わり

関連情報

サッカー 日本代表の源流

[サッカー]
ジーコ監督語録

W杯出場を決めたジーコジャパン。02年の監督就任から現在までのジーコ語録を振り返る。

[サッカー]
写真で見るW杯への戦い

W杯2006へ向けて、「負けられない戦い」を続けた、日本代表の勇姿を写真で振り返ってみた。

[サッカー]
日本のW杯予選成績

W杯のアジア出場枠は、拡大されてきた。現在は、最大5チームが出場できる。

ここから検索メニュー

検索 使い方

検索メニュー終わり ここから広告です
広告終わり

朝日新聞サービス

ここから広告です
広告終わり
▲このページのトップに戻る

asahi.comトップ社会スポーツビジネス暮らし政治国際文化・芸能ENGLISHマイタウン

ニュースの詳細は朝日新聞紙面で。» インターネットで購読申し込み
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 朝日新聞社から | サイトポリシー | 個人情報 | 著作権 | リンク| 広告掲載 | お問い合わせ・ヘルプ |
Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.