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サッカー 日本代表の源流

地域選抜組 同年代、切磋琢磨し上へ

2005年09月05日

写真

東アジア選手権の北朝鮮戦で体を張ったプレーを見せる福西崇史(左)=上田潤撮影

 イングランド・ボルトンへの移籍が決まった中田英寿(28)ら、欧州へ進出した日本選手には攻守の核となるミッドフィールダー(MF)が多い。その中で、福西崇史(28=ジュビロ磐田)はボランチと呼ばれる守備的なMFとして、欧州組を差し置いて日本代表のレギュラーを担ってきた。

 相手のパスコースに入り、ピンチを事前に消す危険察知能力。攻めすぎにも守りすぎにもならないよう、チームのかじ取りをするバランス感覚。競り合いも強い。

 福西の母校、愛媛・新居浜工高を率いた真鍋秀樹監督(47=現小松高)は、中学時代から四国選抜に選ばれた福西を知っていた。

 当時から視野が広く、状況を把握する力に優れていた。浮き球を飛び上がって胸で止めるようなプレーが得意なのは、小学生時代に器械体操をして、跳躍力と柔軟性が養われたからだった。

 何よりも吸収力があった。愛媛県選抜や四国選抜に選ばれて帰ってくるたび、プレーに余裕が生まれていた。高校3年時には、まず球を奪われることはなかった。

 「上のレベルを体験し、うまい人を観察して身につけたのだと思う。福西を見て、指導者の教えすぎは控えた方がいいと、私が教えられた」と真鍋監督は語る。

 プロ入りのきっかけは3年春の高校総体県予選準決勝。名門南宇和高にPK戦で勝った。本当は相手チームの選手を見にきていた磐田のスカウトが、「腰の線が上下動しない安定感がある」とほれ込んだ。95年に磐田入りした。

 中学、高校と地域選抜に入って成長を遂げたのは、右MFの加地亮(25=FC東京)も同じだ。

 堅実で地味な印象を与えるが、攻守の切り替えを絶え間なく続ける貴重な存在。日本サッカー協会の田嶋幸三・技術委員長(47)も「6月のコンフェデレーションズカップ(ドイツ)で、欧州関係者の加地への評価はすごく高かった」という。

 加地を指導した兵庫・滝川二高の黒田和生監督(56)は「スーパープレーは期待できなくても、決して手を抜かなかった。安定したプレースタイルはチームの支え役だった」と振り返る。

 3年時、兵庫選抜の練習試合をみたセレッソ大阪のスカウトが「ボールタッチが柔らかいのにスピードもある。将来性を感じる」と評価し、98年にセ大阪入りした。責任感を全うできるスタイルを、地域が見守り続けた結果だった。

 各地域で各年代のエリートを集めて切磋琢磨(せっさたくま)させるシステムは日本協会が70年代から進めたもので、ナショナルトレーニングセンター制度と言われる。優秀な人材に上のレベルを知らせ、お山の大将をなくす。福西、加地だけでなく、多くの日本代表がこうした地域選抜を経験した。

 96年からは、日本協会が世界レベルを基準にした強化指針を作り、各年代にどんな指導が必要なのかを全国に徹底した。全体は底上げされ、20歳以下の世界ユース選手権は今年まで、6大会連続でアジア予選を勝ち抜いて出場した。

 ただ、全国共通の指導で、紋切り型の選手が増えたとの指摘もある。昨年、日本代表で7得点したフォワード(FW)玉田圭司(25=柏レイソル)を千葉・習志野高で指導した本田裕一郎監督(58=現流通経大柏高)は、「プログラム通りの指導を受けた選手より、自ら何かを得た選手の方が最後は強いのでは」と考える。

 相手のタックルをぎりぎりでかわす独特のリズム感を持つ玉田は、中学まで千葉県のクラブチームで育った。「遊びを大事にする環境で上がってきた選手。ストリートサッカーに近い育ち方をしてきた」という。

 日本協会は来年、福島県の公立校を拠点に、中高一貫のエリート選手育成プログラムを始める。「地域選抜制度を通じた底上げ策は浸透した。さらに高いレベルの選手を育てる」と田嶋委員長。男女計40人ほどの定員に、600人以上の応募があった。結果は10年後に出る。


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