現在位置 : asahi.com > 新戦略を求めて ここから本文エリア

イスラムと米欧、深まる亀裂 日本に問われる関係強化

 イスラム世界は、日本が石油の9割を依存する中東を中心に、日本企業の経済進出の場である東南アジアまで広がる。アフガン戦争やイラク戦争によって米国への敵意が増し、米欧との間では「文明の対立」の様相が強まる。米国のイラク戦争を支持し、自衛隊を送った日本にとっても、イスラム世界との新たな関係構築が問われる。「新戦略を求めて」は第5章として、5回にわたって日本とイスラム世界とのかかわりを探る。

    ◇

 2001年9月の米同時多発テロの後、米ブッシュ政権による対テロ戦争によって、米欧とイスラム世界は亀裂を深め、文明の対立の様相を強めている。欧州はイスラム世界との相互理解を探ろうと必死だ。一方で日本は中東に石油輸入の9割近くを依存しているのに、イスラム世界に踏み込んで相互に理解し合う働きかけは弱い。独自の結び目を増やすような戦略を早急にたてる必要がある。(編集委員・川上泰徳)

日本にとってイスラム世界が占める重要性
・安全・治安対策の場
 日本の企業や社員の派遣、日本人観光客の行き先はアフリカ、中東、アジアのイスラム世界に広がっている。日本は日米同盟の枠で、対テロ戦争に協力することを求められるが、軍事中心ではなく、日本はイスラムへの偏見を持たずに、効果的に安全を確保する必要がある。
・石油供給の場
 日本はイスラム世界の中核である中東地域から石油の9割弱を輸入している。中東・イスラム世界の国造りや社会発展につながるような戦略的な関係強化を実施するためには、イスラムとのかかわりは避けて通れない。
・経済活動の場
 イスラム世界ではイスラムのルールに基づいた金融や投資のあり方が強調される傾向にある。さらに人口13億人のイスラム世界は、日本の企業進出や製品輸出先としての重要性も増している。
・国際貢献の場
 パレスチナ問題やイラン問題、イラクやアフガニスタンの復興、スーダンの紛争解決など日本の国際貢献が求められる重要問題がイスラム世界にある。日本に「公平な仲介者」としての役割を期待する声が強い。
・開発・経済援助の場
 日本の政府の途上国援助(ODA)の実施機関である「国際協力機構(JICA)」の活動国の3分の1がイスラム世界。人道援助や復興、開発などにかかわる非政府組織(NGO)の活動もイスラム社会との関係が強まっている。

欧州の踏み込み──文明間の対立修復に努力、薄まる日本の存在感

イラスト

※クリックすると、拡大します

 エジプトで欧州系の大学が続々開校している。03年10月、ドイツ大学▽05年9月、英国大学▽06年4月、フランス大学――。いずれも私立だが、開校式には各国の首相や大統領が出席し、関与を誇示した。シラク仏大統領は「大学は文明間の対話を進める役割を担う」と述べた。

 エジプト政府は日本に「エジプト日本科学技術大学」設立への協力をもちかけている。一度、日本から調査団が出たが、用地選定で合意に至らず、改めて07年1月に調査団が出る。

 元カイロ大学学長のファルーク・イスマイル氏は、「先進国がアラブ世界の人材育成にかかわる大学設立は、双方の関係強化に重要だ」と前向きに評価する。日本で博士号をとった親日家だが、05年9月にカナダの私立大学連合がエジプトの新聞社に協力して開校した「アハラムカナダ大学」学長に就任。「日本がかかわる大学が遅れているのは寂しい」と語った。

 日本がアラブ世界への積極外交をとったのは、73年のオイル・ショックの時だ。三木武夫特使を中東に送り、禁輸制裁解除のために「アラブ寄り」の姿勢を打ち出した。エジプトにはスエズ運河の拡張工事などの援助を約束し、日本理解者育成のためにカイロ大学に日本語科開設を支援した。その後もカイロのオペラハウスやスエズ運河架橋の建設などの援助をしている。

 石油危機から30年以上たった。アラブ世界では最大のイスラム系インターネットサイト「イスラム・オンライン」のムスタファ・アシュール文化部長に日本の認知度を聞くと、「この数年間で日本のニュースは自衛隊のイラク派遣だけだ。日本の話題は、他の先進国と比べて極端に少ない」と指摘した。

 カイロ大学日本語科が日本文化研究のセンターに発展したわけでも、オペラハウスに日本文化の拠点が出来たわけでもない。「日本は大事業を手がけるばかりで、イスラム世界との協力関係に踏み込んでこようとしない。日本の孤立主義だ」と国連大学の客員教授として日本滞在経験もあるハッサン・ハナフィ・カイロ大教授(哲学)。

 かつて中東を植民地化した英仏が強い影響力を持つのは当然だ。しかし、この数年でドイツが急速に存在感を増す。

 カイロ中心部のゲーテ協会を訪ねた。米同時多発テロ後に事業予算を倍増させたという。「イスラムとの対話」と題するシンポジウムのほか、若者に人気のあるアラブ人とドイツ人のポップスの歌手の合同コンサートをエジプト各地で行ったり、双方の若い作家を相手国に送り、滞在日記をインターネットで公開したりするなど多様な企画を展開している。

 ヨハンス・エバート所長は「01年のテロでイスラム世界と欧米の間に大きな溝があることが分かった。一方的な文化紹介ではなく、こちらから踏み込んで一緒に何かをすることが必要だ」と語った。さらに「アフガンやイラクでの米国の戦争に反発を強めるイスラム世界との溝を埋めるのに文化的な働きかけは有効だ」と強調する。

 在エジプト・ドイツ大使館のウェブでも、「アルカンタラ(懸け橋)」というサイトがあり、文明の対話に関する議論、意見が、ドイツ語、英語、アラビア語の3カ国語で出ている。

 日本政府も“イスラム重視”を掲げ、「アラブ対話フォーラム」「イスラム世界との文明間対話」など学者や要人の会合をそれぞれ年1回程度開いている。しかし、一握りの政治、文化のエリートが相手だ。さらに会合はほとんどが非公開で、現地の認知度は低い。

 在エジプト日本大使館のウェブを見ても、昨年12月の文化行事は日本映画上映程度だ。「日本を理解してもらう」という一方的な発信では不十分だ。日本がイスラム世界の文化や教育、社会の利益になる関係づくりへと踏み込む姿勢が必要だ。

日本だからこそ──侵略の歴史なく、「家族計画」「女性の地位向上」の支援も可能

 日本は、中東における侵略の歴史がなく、成功の模範と尊敬される存在だ。米欧とイスラム世界が対立する状況で、米欧は拒否されても、日本なら受け入れられる場面がある。国際協力機構(JICA)がヨルダンで実施している家族計画事業は、そのような例だ。

 同国の貧しい南部のカラク県の一つの郡で、97年から政府や現地NGOと連携し、家族計画と女性の地位向上をあわせた事業を実施した。女性たちに融資し、養蜂とヒツジの飼育で収入の道を開いた。第1期が地元で評価され、第2期でカラク県全域に対象を広げ、さらに06年夏、第3期で南部全域が対象になった。

 責任者のJICA専門家の佐藤都喜子さん(56)は「イスラムの宗教者の理解を得ないと、地域に入っていけない。外からの強制ではなく、相手が望む地域の発展を手助けする姿勢で臨めば、イスラムは柔軟で寛容な姿勢を見せてくれる」と語る。

 家族計画は女性の地位向上とあわせて、社会の発展に不可欠だ。しかし、イスラム世界では人口抑制は「神の意志に反し、国力を弱める」という声がある。特にパレスチナやイラクでの紛争を抱える中東で、欧米がかかわれば「干渉」「陰謀」と反発をうける。警戒心を持たれない日本だからこそ関与できた。

 女性の地位向上は国連開発計画(UNDP)が06年12月に発表した「アラブ人間開発報告書」の重要課題だ。この分野で日本の貢献には期待がかかる。

イラク失敗の教訓──反米のうねり増大、のみ込まれない方策を

 米同時多発テロと米国によるアフガニスタン戦争とイラク戦争によって、中東・イスラム世界で米国への敵意が高まった。寄り添う日本への目も厳しい。

 米同時多発テロまでは、ビンラディン容疑者が率いるアルカイダが掲げた「対米聖戦(ジハード)」は、イスラム過激派の中でも特殊だった。しかし、米国が「対テロ戦争」としてイラク戦争を始め、イラクを占領したことで、自ら「侵略者」の立場になってしまった。

 昨秋、米政府が公表した「国家情報評価」(NIE)が、イラクでの米国の軍事行動が「イスラム世界の強い怒りを生み、地球規模のイスラム過激派運動への支持を拡大させた」と分析したとおりだ。

 中東での反米のうねりは、地域にはびこる親米強権政府に対する支持を失わせた。米国は中東民主化を提唱したが、パレスチナではイスラム過激派のハマスが選挙に勝利し、エジプトの議会選挙でもイスラム勢力のムスリム同胞団が議席を伸ばした。いずれも反米勢力である。

 イスラム政治勢力に詳しい小杉泰・京都大大学院教授は「アラブ世界の民衆はいまの政治、経済の現状にうんざりしている。その中で、人々にとってイスラムは清廉さや公正さという文化価値を維持するよりどころになっている。イスラム勢力が選挙で伸びるのは、社会的な信頼があるからだ」と語る。

 米国への批判は中東和平への無策にもある。91年の湾岸戦争の後、父・ブッシュ大統領は中東和平の実現に努力した。それが米国への信頼をつなげた。いくら日米同盟は日本外交の主軸と言っても、軍事力に偏向した現ブッシュ政権の中東政策の強硬さに縛られていては、日本は信頼を失うだろう。

 日本は「イラクへの自衛隊派遣は復興支援」と説明するが、紛争で荒廃したパレスチナへの支援は弱い。90年代にパレスチナで様々なプロジェクトを実施したのとは対照的だ。自衛隊派遣で「任務完了」ではなく、日本が本来得意な経済や文化などソフトパワーによる貢献をより一層強化する必要がある。

ここから広告です
広告終わり

マイタウン(地域情報)

∧このページのトップに戻る
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。 Copyright The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.